ARIA 連作短編夢

□Navigation.4 クリスタル
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 日頃のアイちゃんの頑張りを知っている身としては、片手袋になる実力は充分に備えていると断言できる。だがそんな光景を見てしまうと、緊張のあまり本来の力を出せなかったり、とっさのアクシデントに対応出来なかったりしてしまうのではないかと、良からぬ想像をしてしまって気が気ではない。灯里ちゃんの昇格試験の時の方が、灯里ちゃんに変な緊張が無かった分、まだマシだったかもしれない。


「灯里ちゃんの教え子だもの、大丈夫よ。きっと楽しんで帰ってくるわ」


 両手で頬杖をついたアリシアさんは、まるで自分が一番楽しんでいるかのように穏やかな表情だった。灯里ちゃんの試験の時のことを思い出しているのかもしれない。

 アリシアさんの言葉をきっかけに――片手袋となり、笑顔で帰って来た当時の灯里ちゃんの姿が、鮮明に脳裏に浮かび上がってきた。水上エレベーターや希望の丘から見た景色に感動した、楽しかったとはしゃぎながら試験中の出来事を報告する灯里ちゃんの表情は、世界中の幸せをかき集めてきたかのように輝いていた。
 
 片手袋になった後も、どんなに大変なことも笑顔で楽しんでいた灯里ちゃん。そして、そんな灯里ちゃんを心から尊敬しているアイちゃん。彼女の精神が脈々と受け継がれているのなら、アリシアさんの言う通り、アイちゃんもまた遠足に出かけた幼子のように、はしゃぎながら帰って来るのも想像に難くはない。

 その光景がリアルにイメージ出来て、オレはぐっと押し黙った。そんなオレを見て、アリシアさんはまた楽しそうに笑う。

 微笑みとも苦笑ともつかぬ、唇の端を引きつらせた複雑な表情になりつつも、オレはまた希望の丘のある方向へと視線をやった。広がるのはどこまでも真っ青な空と海だけで、当然、遠く離れた彼女たちは見えやしない。無意識の内に吐いた溜め息も、穏やかに響く潮騒に溶かされてしまった。





 
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