ARIA 連作短編夢
□Navigation.6 ジャスパー
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「おかげで予約は2ヶ月先までいっぱいだよ。アリシアさんが居た頃みたいだ。これを一時のブームで終わらせないように、今色々考えてんだ」
頬杖をつきながら、活気付いてきた営業にますますやる気を奮い立たせていた《遥かなる蒼》の姿を思い起こす。急激な知名度上昇は更に話題を呼び、先日、月刊ウンディーネを始めとした、諸々の雑誌から取材の申し込みもあった。個人的にはこの波に乗って、どんどん彼女の名を売っていきたいところだ。
名声とか、名誉とか、そういったものの為ではない。会社間の売り上げ競争なんか、きっと灯里ちゃんは興味が無いだろう。灯里ちゃんにとって大切なのは、ウンディーネとしての自身の質。どれだけ憧れや理想に近付いているかなのだ。
とは言っても、売り上げは会社の経営に必要不可欠であるし、ウンディーネの質を推し量る指標にもなるものだ。良いウンディーネでなければお客様からの感謝のメールやプレゼントを貰うこともないが、やはり多くのウンディーネの中から選んで貰えるということは、それだけ高く評価されていることに繋がっている。指名された時の喜びは、こちらが想像しているよりも遥かに大きいのだ。
知名度が無くては選択肢にもなれない。ARIAカンパニーはグランマや《白き妖精》のおかげで他の小規模会社と比べれば有利だが、小さな会社というだけで、ARIAカンパニーを選択肢から外してしまう人もザラにいるのだ。そういった意味では、宣伝も大切。ウンディーネが喜びとやり甲斐を持って毎日を過ごせるよう務めるのも、事務を司る自分の大切な仕事だった。
感慨に耽っていると、ふっと思考の合間にアルの声が割り込んでくる。
「そう言えば、凪君。噂の灯里さんとは、今日は一緒じゃないんですね」
アルの言葉に、昨日、ずっと何か言いたそうにちらちらと視線を送ってきた灯里ちゃんのことが脳裏に蘇った。彼女の様子に、もしかしたら何かお誘いがあるのかもと期待してしまった自分も一緒に記憶に浮かび上がってしまい、情けなさと恥ずかしさにかぶりを振った。
「いくら同じ会社だからって、いつも一緒ってことはないって」
オレのそんな複雑の心境を知るはずもないアルは、紅茶のカップを片手ににこにこしている。
「そうですか。僕はてっきり、灯里さんはお休みの日は凪君と一緒にお出掛けでもしているものかと」
「ばっ……馬鹿言え! そーいうアルこそ、今日は藍華ちゃんとデートじゃないのかよ?」
精一杯の皮肉だったのだが、一番年下に見える年長者は顔色一つ変えず笑顔で、
「今日の彼女はお勤めですから」
と言い放った。