ARIA 連作短編夢

□Navigation.8 マラカイト
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 異常なまでに固くなっているオレの心に反して、視界に映る水面はどこまでも穏やかだった。

 オレはウンディーネと向き合う形で設けられた前部座席に座っている。波に乗り、風に乗り、白いゴンドラはARIAカンパニーからどんどん遠ざかっていく。視線を上げれば、灯里ちゃんが眼前に広がる水平線を見つめながら、心地良さそうに風を切る姿を見て取れた。

 付き合いが長い割に、実はオレはそれほど多く灯里ちゃんの漕ぐゴンドラに乗ったことがない。仕事のある日はオレはほとんど事務所に籠もっているし、休日に一緒に出掛けることなんてのも、多い訳じゃない。

 《遙かなる蒼》の仕事が軌道に乗ってきた頃、灯里ちゃんからお誘いがあって、月に何回か仕事の終わりにゴンドラに乗って散歩に出掛けたことがあったが、案外あの時期が一番、頻繁に彼女のゴンドラに乗っていたんじゃないかと思う。その期間も、半年も無かったんだけれど。

 灯里ちゃんの一挙一動から、ゴンドラを漕ぐことが本当に好きなのだとひしひしと感じる。
 灯里ちゃんの視線が海に向けられているのを良いことに、オレはじっとゴンドラを漕ぐ姿を見つめていた。見とれる、と言っても良いかもしれない。

 どうしてこんなにも魅せられてしまうのだろうと、首をひねらずにはいられない。確かに、灯里ちゃんは可愛い。それは紛れもない事実であり真実だ。でも、アリシアさんも、晃さんも、アテナさんも、藍華ちゃんも、アリスちゃんも、灯里ちゃんにひけをとらないくらいに綺麗で、可愛らしい、魅力的な女性たちだと思う。それなのに、こんなに、一瞬たりとも目を逸らしてしまうのが惜しいくらいに惹かれてしまうのは、灯里ちゃんだけだった。

 
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