ARIA 夢小説
□アナタへの贈り物
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「おじさん、薔薇7輪ちょうだい!」
一番近くにいた薔薇売りのおじさんに声を掛けた。需要の多い日だけあって、看板に表記されていた値段はいつもより高めだったけれど、この店が特別な訳ではなく、今日はどこの花屋も似たようなものだ。躊躇い無く財布からお金を出し、おじさんに手渡す。
「ほいほい、7輪ね……。兄ちゃんは値切ったりしないのかい?」
「オレ、そういうの苦手でさぁ」
普段の値で売れと値切る客も多いらしいが、オレはどうもそういうことが上手く出来ないので、もう最初から値切るなんて考えはない。薔薇の茎を紙に包みながら、おじさんは歯を見せて笑った。
「気前が良いねぇ、兄ちゃん。さっき来たお客なんかよ、値切って値切って何十輪も買って行ったんだ」
「ははは、おじさんも大変ですねぇ」
「まったくだよ。ほれ、丁寧に扱えよ。あっちの綺麗なウンディーネの姉ちゃんに渡すんだろ?」
受け取りやすいようにして薔薇をこちらに差し出しながら、おじさんはちらりとゴンドラの側で俺を待っているアリシアさんに目配せをした。何だか急に意識をしてしまって、頬がかあっと熱くなる。
「そんなんじゃないから! オレは日頃の感謝の気持ちを……!」
「へぇへぇ。分かったからそら行った。レディをあんまり待たせんのは感心しねぇぞ」
反論を軽くあしらわれて、仕方なく小さな薔薇の花束を持ってアリシアさんのところに戻る。おかえりなさい、と優しく迎えられて、また頬が熱くなってきた気がする。
「はい、アリシアさん。いつもありがとうございます」
薔薇の束から1本抜き取って、恭しくアリシアさんに差し出す。薔薇売りのおじさんの余計な一言のせいで気恥ずかしくなってしまったが、アリシアさんは至っていつも通りだ。
「どうもありがとう。とっても嬉しいわ」
薔薇の芳香を嗅ぎながら、アリシアさんがゴンドラに戻る。後に続こうとしたが、アリシアさんが手を差し出してきたので思わず硬直してしまう。ふと薔薇売りのおじさんの方に視線をやると、握った拳から親指を突き出すポーズを取りながら、ニヤニヤ口許を緩ませていた。
――だからッ! 違うって言ってんだろッ!
叫びたい気持ちに駆られるが、公共の場でそんなみっともない真似は出来ない。大人しくアリシアさんの手を取って、ゴンドラに足を着ける。オレが定位置に着くと、ゴンドラはサン・マルコ広場を後にした。女性特有の柔らかい手の感触が、掌に残っている。
「それにしても……凪君は本当に行事に疎いのねぇ」
「アクア・アルタは覚えてたんですけどね〜……」
先程のアリシアさんの言葉通り、オレはしょっちゅう年間行事を忘れている。今日のことも街の人が皆胸に薔薇を着けていたのを見てようやく気が付いたのだ。もちろん薔薇の用意など無く、こうしてアリシアさんの手を煩わせて買いに行ったのである。嫌味も皮肉無く付き合ってくれるアリシアさんは本当に優しい。きっと一生頭が上がらないだろう。
それからしばらく雑談を続けていると、見慣れた制服と桃色の髪を道の先に見付けて、オレはびしりと人差し指を向けた。