Fate/stay night・EXTRA

□その笑顔を護る為に
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 この青年は、セイバーである自分のことを、聖杯戦争を勝ち抜く為の道具とは微塵も思っていない。自分を消失の危機から救ったのも、自らの命が惜しい為ではない。マスターとしてサーヴァントを守ったのではなく、荒巻志としてセイバーと呼ばれているこの存在を守ってくれたのだ。志は、セイバーとしての役割以上に、自分の心を必要としてくれている。記憶を持たず、宙に浮いた存在を繋ぎ止める術として。それは結果的に保身と呼べる動機かもしれないが、セイバーにとって大切なのは、志が心身、公私共に自分を必要としてくれているということだ。愛しい存在に人として必要とされている。嗚呼、なんと幸福なことだろうか。


「余を信じろ、マスター。先日は不覚を取ってしまったが、余はそなたが居てくれる限り……私を信じて共に戦ってくれる限り、負けはせぬ。今こうして、そなたのもとに在るように」


 志の胸を押し返すと、呆気ないほど彼は簡単に体を離した。少しの名残惜さを感じるが、今は自らの欲求を優先している場合ではない。


「ありがとう、セイバー」


 志が笑った。泣き笑いに近い、歪んだ微笑みだったが、言葉から滲み出た温かい感情が嘘で無いことなど、2ヶ月も満たない付き合いではあるがセイバーには手に取るように分かっていた。
 
 志は一見無表情に見えるが、実はかなり豊富な感情をその顔貌に刻む。視線や瞳の翳り、眉に口許、ちょっとした仕草から様々なことが読み取れる。暗い社交界に身を置いていたセイバーにとっては、それらを把握することなど造作もないことだ。
 
 知りたくもない時まで他人の感情を察してしまって、駆け引き以外でろくなことはないと思っていたが――まさか死んでからこの技能に感謝する日が来るとは思わなかった。


「礼を言うのはまだ早いぞ。我らはようやく5回戦のスタートラインに立っただけなのだからな」


 一応最優のサーヴァントとしての模範回答を口にするが、どうにも綻ぶ口許は隠しきれなかった。元々思ったこと感じたことをそのまま表に出す性質であるが、志と共に行動してから余計に拍車が掛かった気がする。どれもこれもこの優しい青年が、自分の全てを許容してしまうからである。我が儘や横暴なことを言っても、いつも志は微笑んでくれる。


「だが……。うむ、前払いの礼も悪くはないな。奏者よ、もっと感謝して良いぞ?」
 
 開き直って腕を組みながら胸を張ってみせると、志は今度こそ、彼が生来持っている魅力的な微笑みを浮かべたのだった。その表情を見て、セイバーはひとつの決心をした。自らの悪名を象徴する宝具の名を、志に告げると。


 ――嗚呼、何と私は愚かだったのか。


 悪名が知れ、志に嫌われるのが怖い? 5回戦にまで来て今更何を言っているのだ。サーヴァントが、マスターを信じなくてどうするのか。こんなにも優しく、信頼の置けるマスターを。

 志の笑顔が瞳に焼き付く。彼を護れるのは自分だけなのだ。元より天秤に量るまでもないこと。それが出来なかったのは己が弱さ故。未熟だった志は見違えるほどに成長した。今度は自分が応えなくてはならない。

 そっと、芸術品に触れるかのように志の頬に触れると、志は目を見開いて熟れた林檎のように赤くなった。微笑んでやると、戸惑いながらも彼も微笑み返してくれる。


 志は、応えてくれる。私の微笑みに――愛に。

 この笑顔を護る為ならば、私は暴君の誹りさえ甘じんで受てみせよう。





→あとがき
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