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□幸せを一つずつ数えて掬う
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賑やかだ、温かいスープを口に運びながら目の前で繰り広げられている光景を見て僕はそう思った。どうやらあの戦いの後ジーニアスは姉であるリフィル・セイジとハーフエルフ迫害を少しでも無くすために各地を奔走していたらしく今日はわざわざリフィルに頼んで僕に会いに来てくれたらしい(ちなみにリフィルは最近発見されたらしい遺跡の調査があるから来なかったみたい。遺跡好きと言うのは短期間一緒にいただけでも良く分かったから彼女らしいと思うけれど)。だから僕と会うのが久しぶりならゼロスに会うのも久しぶりだったらしく目が覚めてゼロスの姿を見つけた途端「相変わらずの間抜け顔だね」と喧嘩を吹っ掛けだした。ゼロスもその言葉に大人気なく言い返すものだから食事中である今ですらジーニアスをからかっている。どっちが子供なんだか分かったものじゃないよ。でも憎まれ口を叩きながらもジーニアスとゼロスはまるで本当の兄弟のようでほんの少し羨ましく思う。別に姉さまが恋しくなったとかそう言うのでは無くて、ただ純粋に、二人の関係が羨ましいんだ。何でも言い合える、遠慮もしなくていい心を許せる関係。僕にとってのそれがあったのはもう4千年も昔のことで今は誰もいない。昔に戻りたい訳じゃない、けれど、今の自分を知ってしまったからほんの少し空しくなるんだ。結果的に僕は自分で自分の首を絞め続けていたのかもしれない。独りよがりな想いであらゆるものを苦しめて壊して、めちゃくちゃにして、結局、何も手に入ることは無くて。残ったのは制裁しきれない罪だけ。嗚呼、笑えないよ、本当。

ぽん、と肩に手を置かれて横を向けば不安げな瞳で僕を見つめているジーニアスと目があった。何だかすごく深刻そうな顔をしていたから少しどきりとしながら「どうかしたの?」と出来るだけ平然を装って尋ねれば、何故かジーニアスは今にも泣いてしまいそうな表情をして俯いてしまった。知らず知らずのうちに何か嫌なことをしてしまったのかもしれないと思って必死に謝るけれどジーニアスはふるふると顔を左右に振るだけで何も答えようとしない。どうしたものかと僕の向かいに座っているゼロスへと視線を移せばいつもの下品な笑いではなくて慈愛、と言えば良いのか分からないけれど、そんなものが込められているかのような温かい眼差しをこちらに向けていた。「お兄さま、ジーニアスさんが泣いてしまわれましたわ」とついさっき孤児院から帰ってきて一緒に食事をしていた慌て気味のセレスにも「良いんだよ」と微笑みを返すだけ。僕が困っているのを見て楽しんでいるのだろうか、なんて捻くれた考えが頭に浮かぶ。それを本当にしていたのはこの僕だ、仮に同じことをされたって何も言い返す事なんて出来やしない。こんなことをゼロスが思わないと言うのはこの家で生活をした数日間の間で良く分かっているから余計にこの状況を見て何故笑っているのか分からない。ぎゅう、と僕の服の裾を掴む手があまりにも弱々しくて、「ジーニアス、ごめんね。僕はまた君を傷付けてしまったんだね」と謝らずにはいられなかった。その言葉に跳ねるようにジーニアスは顔を上げて「そうじゃないよ!」と思い切り僕に抱きついてきた。急なことでバランスを崩しそうになったけれど、どうにかその体を受け止める。こうするのは今日で二回目だ、なんて暢気なことをぼんやりと思う。

「怖いんだ、ミトスがもしまた一人で苦しんでいなくなりそうになったらどうしようって、…怖くて、堪らないんだよ」

こんな情けない友達でごめんね、子犬のように項垂れながらぽろぽろと涙を零すその姿に自然と胸が締めつけられていく。ジーニアス、君はそんなにも純粋に僕を想ってくれていたの、さっきだってたくさん泣いてくれた、それだけでも十分過ぎるくらいに僕は幸福だと言うのに、まだ君は僕に優しさをくれるの?何も言葉が出てこなくて、その代わりぎゅうっと震える体を抱き締める。直ぐ前にはゼロスとセレスがいるというのに僕はまた涙を流してしまった。あいつは笑っているのかな、ちらりと視線を向かいの席に向ければさっきと何も変わらないジーニアスと同じ、優しさが籠もった瞳で僕達を見つめるゼロスがいた。笑わないんだね、なんて聞かない。こいつが本当はこう言う瞳をするというのはこの家に住み始めてから良く分かったから。僕が言うのも変かもしれないけれど、きっとこれがゼロス・ワイルダーの本当の姿なんだと思う。皮肉屋なのは僕の方、嘘つきなのだって、弱虫なのだって、本当は僕の方なんだ。だってこいつは僕の言葉に従う振りをしていつだってセレスの為に一生懸命だった。いつでも僕の隙を窺おうと狙っていた。それは弱虫とは言わないと思うんだ。はは、僕は一体何を言ってるんだろう。ゼロスがいて、セレスがいて、ジーニアスがいて、誰もが優しくて、だからこそこんな風に穏やかでいられる。でないと僕はきっと今頃駄目になっていたに違いないんだ。そもそももうこの世にはいないかもしれないね。だから、「心配しないでジーニアス」僕はもう君を心配させるようなことはしないよ、どこにもいなくなったりしないから。僕ね、ほんの少しだけだけど思えるようになったんだよ。

「僕はね、ジーニアスや皆がいるこの世界が、尊いものだと気付いたんだ。もうこの世界を壊そうとも、この世界から出ていこうとも思わない。この世界で生きていくよ」

その僕の言葉にジーニアスはとても大きく瞳を見開いてすごく嬉しそうに笑ってくれた。大丈夫、僕はもうこの世界から逃げたりしない。辛くても、苦しくても、悲しくても、もう逃げたりしない。ここに来て何度も思ったこと。決意したこと。でも口に出したのは初めてかもしれない。だってほら、さっきまで全てが分かっているかのように柔らかく微笑んでいたゼロスもほんの少し驚いた表情してるもの。僕は何度も驚かされたんだからほんの少しくらい仕返ししたっていいだろう?泣きやんで恥ずかしそうに僕から離れていそいそと自分の席に座り直すジーニアスにもう一度微笑んで食べかけだったスープを一口飲む。出来たてのそれはまだ十分に温かくて、不本意にもあいつの瞳のように優しい味がした。

それからの食事は最初のようにとても賑やかなものだった。「ジーニアスくんてばいい加減ミトスちゃん離れしないと格好悪いぜ〜?でひゃひゃひゃ」と言うさっきまでのゼロスからは想像出来ない、つまりは普段のゼロスの少し下品な言葉にかちんときたらしいジーニアスが「シスコンのアホ神子には言われたくないね!」と言い返して、また言葉の投げ合いのエンドレス。年下の子供にちょっかいを出している自分の兄が恥ずかしいのかセレスは顔を真っ赤にしてサラダを口に運んでいる。まあこいつは間違っても頼りになるクールなお兄さま、には見えないからね。でも僕としては、その、すごく楽しい食事だったんだ。姉さまがいて、クラトスがいて、ユアンがいて、僕がいて…、4千年前の日常と目の前のやり取りが何だかすごく似ているようで、いや、何度も言うけれど別に恋しいとかじゃないよ、けれどやっぱりああ楽しいって思えたんだ。これもきっとゼロスのお陰。僕はいつかゼロスに何かしてやれるのだろうか、そんなことを思いながら賑やかで温かい会話に耳を傾けた。

「大好きだからね、ミトス」

食事をしてお風呂に入ってまた少し話して、僕と一緒の部屋に寝ることになったジーニアスが電気を消して寝る寸前に呟いた言葉。何度もその言葉を言ってもらえたけれど、でもやっぱり何度聞いても同じくらい嬉しくて。だから僕も「僕もジーニアスが大好きだよ」と返事をした。少しでもたくさん、ジーニアスに大好きが伝わるように、想いを込めて。二人で隣同士に寝そべって、目を合わせて、微笑んで、強く強く離れないように手を握って。確かに僕は感じたんだ。この瞬間が愛おしいと。だから僕は胸が温かかった。だから自然と微笑んでいた。だから嬉しくて頬を涙が伝った。でも。

だから気付けなかった。あいつ、ゼロスから、ほんの微かに血の匂いがしたことを。




thanks! wizzy

一番大切なものを、掬い損ねたんだ。



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