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□恋愛操縦
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寂しかった。ふわふわと茶毛を揺らして俺に抱きついて胸元に顔を埋めたそいつは瞳に涙を溜めながらそう言った。素直じゃないと幼馴染の少女としょっちゅう喧嘩しているけれどそれが全部心細さや悲しさや不安から来ているものだと俺は知っているから普段の自分の感情を隠そうと必死になって意地を張る姿は可愛くて仕方が無いのだけれど、今みたいに意地を張る余裕もないくらいに弱っているこいつも相当可愛いなと思ってしまう俺はそろそろ危ないのかもしれない。けれど本当に可愛いものは可愛いのだ。もう夜の11時を回っているこいつらの年代からしてみれば疲れも溜まっているのだから結構な時間だと言うのに俺が任務から帰ってきたと何処からか聞きつけて俺の元に来てくれて、しかも寂しさから涙まで溜めて、そんなこいつをどうして愛おしいと思わずにいられるのだろう。ふわりと茶毛から香るのはシャンプーの香りだろうか。そりゃこの時間なら普通風呂も済ませてるよな、そんな当たり前のことを思いながら自分よりもずっと小柄なそいつを思い切り抱き締めてやればほんの少し苦しそうにしたけれど直ぐに大人しくなって俺の背中に手を回してきた。すん、とカイウスが鼻を鳴らした瞬間、あ、やばいと思ったけれどもう時遅しで今ですら泣きそうになっていた表情がどんどん本格的な泣き顔に変わっていく。眉を垂れ下げて瞳を震わせて唇を噛みしめて、今のこいつは実年齢よりもずっと幼く見えてどうしたらいいものかと思考を巡らす。もちろん泣かせたくなんてない、けれど、もうカイウスは気付いてしまったのだから言い訳のしようなんてないのだ。鼻の良く利くカイウスにはどんな嘘だって効きやしないのだ。ましてや嗅ぎ慣れているだろう、血の匂いなんて。

「…ユーリの血の匂いがする。また、怪我したのか?」

また、それは普段から俺が怪我をして帰ってくる常連だと言うことを意味している。別にそんな大きな傷をつくっているわけではないのだから俺的にはそこまで気にするようなことはないのだけれどカイウスは俺が心配でしょうがないらしい。俺は直ぐに無茶するから皆に頼んでお前のこと監視して貰うからなって本気で怒られたことだってある。流石にその時はああやばいかなと思って出来るだけ戦闘にも注意を払っていたからそれ以降暫くは怪我することなくなったのだけれどまた最近ぽつぽつと怪我が目立ち始めたかもしれない。今日もちょっと一気に相手をする魔物の数が多くて戦闘が不利だったから秘奥義乱発したり力技で敵に突っ込んでいって片っ端から敵を倒すような戦法をとったせいで魔物の爪が掠ったり軽く技を喰らったりと生傷が目立ってしまった。同じ任務を請け負っていたミントに大体は治して貰ったのだけれど掠り傷程度なら大丈夫だろうと言わなかったのが不味かったかも知れない。いやでもミントは他の奴の回復や自分の回復もあって俺ばかりに魔法を使うわけにいかないしそもそも自分のミスが招いた傷なのだからちょっとくらい我慢するべきなのだ。そうだろ?「大したことねえよ。掠り傷だ」そう言って笑って見せるけれど泣きそうな顔から今度は少しずつ怒りの籠もった表情で俺を見て「馬鹿野郎」と頬を抓られた。こりゃ随分と心配させちまったみたいだとお詫びの代わりとして前髪を掻き上げて白い額にキスをすれば林檎のように顔を真っ赤にして「はぐらかされないからな!」とそっぽを向かれてしまった。どうやら俺がキス一つで全てを許して貰おうと考えているとでも思われたらしい、いや、まあそうだったら良いなとは思うけれど俺はそこまで人の好意を軽く受け流す奴ではないつもりなんだけどな。軽く笑って「悪いな、心配させちまって」と小さな背中に謝罪の言葉を掛ける。ちらりと見える横顔は真っ赤に染まっていてまだ何か言いたそうに口をもごもごしてる辺り本気で俺のことを想ってくれているのだと実感できて不謹慎かもしれないけれど嬉しく思う。本気で心配してくれて、本気で怒ってくれて、本気で俺を想ってくれる、愛おしい小さな恋人。

「可愛い恋人を泣かせるなんて、きっと俺には罰が当たるだろうな」

「…可愛い、は余計だ馬鹿」

余計じゃねえだろ?こんなにも可愛い奴、俺は今まで会ったことねえよ。後ろからぎゅうっと抱き締めればびくりと肩が震えたけれど気にせずそのまま力を込めれば雰囲気に耐えきれなくなったのかじたばたと暴れ始めて離すように訴えてくる。残念ながらどれだけ可愛い恋人のお願いでもそれは聞いてやえねえな。好きだ、愛してる、言葉にすればとても軽くなるけれど、でもやっぱり声に出さずにはいられない。「愛してる、カイウス」そう言って首筋に唇を寄せれば今まで馬鹿馬鹿と繰り返していた唇がそれまでとは違う色を含んだ声を上げた。はは、一丁前に色っぽい声出して、そう言うところも堪んねえな。もぞもぞと腕の中で体が動きこちらを向いたと思えば首に腕を回して抱きついてきた。本当に今日は素直だな、そう思っているとカイウスがすっと背伸びをして俺の耳へと顔を近付けてきた。また怒られるのかと思ったけれど耳元で囁かれた言葉は随分と俺の予想に反したもので。でもまあ、これは嬉しい誤算ってやつかね。良いぜカイウス、そのお願いなら喜んで聞いてやる。傷一つ負わずに元気に帰ってきてやるから、その代わり…、覚悟しといてくれよ?

恋愛操縦

(「怪我しないでくれたら、好きにしていいぜ」か。はは、俺の扱い方を良く分かっていらっしゃる)






thanks! Wanna bet?

何よりもユーリが大事なカイウス。




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