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□温かいのは、
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ざわざわと胸が騒ぎだす。
何に対してか分からないけれど、どうしようもない不安にかられる。
一人でいてはいけないと自身が警告しているみたいに。


ふと、温かい笑顔が頭に浮かぶ。


(ロイド…)



気付けばロイドの部屋の前にいた。
控えめにノックをするが、その扉は開かない。


(任務…?)


確かに近頃依頼が多くて泊りがけの任務すらあるから不思議なことではない。
でもだからといってよりによって今なんて。


もしかしたら少し用事なだけかもしれないのに、どうにもじっとしていられなくてその場を離れる。
昔の自分ならどうしていただろうなんて無意味な問いかけをしてみる。
幸せに溺れてる今の自分に分かるわけなど無いのに。


そんなことを考えてると、何となく落ち着いて気がする。
大丈夫、部屋に戻ろうと思いふと廊下の窓を見ればふわりと舞う白いものが見えた。


(雪…っ)


フラッシュバックするあの顔と言葉。
心臓がきりきりと痛みだす。


ああそうか。あの嫌な感じは警告だったんだ。


気付いた時はもう遅くて、壁に体を預ける様にしゃがみ込む。
なんて情けない。こんなところ他の連中に見られたらどう説明するんだよ。
そう自分に言い聞かせて立とうとするけれど体が言うこととをきかない。
それほどまでにゼロス・ワイルダーという男は雪に恐怖を抱いていると突きつけられるようで無性に腹が立つ。


だって大丈夫になったと思っていたんだ。
ロイドに愛してもらえて雪を見ても怖いと思うことは無くなったから。
でも、それはただの思い込みだったのかもしれない。
ロイドがいたから耐えられただけで根本的なところは変わってないんじゃないか。


(ロイド)


「おい、大丈夫か?」


体がびくりと震える。ロイドじゃない。
そうだ、ここは普通の廊下。
いくら遅い時間でも誰かが通りかかってもおかしくないんだ。
さっき自分で言ってただろ。全くなんてざまだ。


でも運は残ってたみたいだなと相手を見る。
全身の黒とそれに合わせたようになびく黒髪。
確か名前はユーリ・ローウェル。
こいつは何かと勘が鋭くて好きではないがそれはこいつも同じ。
だからきっと適当に言えばこの場を離れる、そう考えた。


「大丈夫もなにも俺サマ超元気なんだけど?可愛い子が通らないか待ってるのだけ。邪魔しないでくれる?」


心配してくれた相手に向かってそれはないかもしれないが、俺にとってこれ以上こんな日に誰かといるのは危険なんだ。
………柄にもなく、縋りたくなってしまうから。


「……ちょっと来い」


ぐいっと腕を掴まれて強引に立たされたかと思うと、急に歩き出す。
足がもつれそうになりながらも必死に体制を整える。


「おい…っ。どこ行くんだよ…!」


「………」


無視か。何なんだこいつ!
無理矢理手を振り払おうかと考えたがどうしても出来ない自分に嫌気がさす。
こいつの手が温かくて離せないなんて、最低だ。


ちらりと視界に雪が入る。
まるで俺のすること全てを監視しているようで、ぞくりとした。
救われるなんて許さない。
そういうかのように雪が激しさを増す。





中に押し込まれるように入れられ、バタンとドアが閉められる。
その音が嫌に耳に響く。


「どこでもいいから座れ」


命令口調が癇に障りつつも一番近くにあったベッドに座る。
多分こいつはロイドと同じ部類の人間。
人の隠そうとすることを簡単に見破って、どこまでも人の中に入ってくる。
真っ直ぐで嘘が効かない。
そういう人間は怒らさない方がいい。ロイドから学んだことだったりする。


「……俺サマに何か用?」


部屋が暗いため、外の白が良く映える。
普通の奴なら綺麗だとかロマンチックだとか言うところだろうけど、俺が雪を見てそんなことを心から思える日は来ないと思う。


「俺、結構人のことをどうこう言うのは好きじゃない。けどお前には言わせてもらおうと思ってな。二人になる機会なんて滅多にないし」


ならほっといてくれれば良いのに。
そう口に出せないのはきっとこいつの手で不覚にも安心できてしまったから。
これじゃ、安心出来たらまるで誰でもいいみたいだ。
馬鹿言うなよ俺。俺が好きなのは、ロイドであってこいつじゃない。


さっさと話を聞いて帰ればいい。
それで部屋に戻ってベッドに潜って寝るんだ。
そうすればきっとこいつに感じたことなんて忘れる。
なんだ、それだけのことか。


「何?俺サマあんたになんかした覚えないんだけど〜?」


「あんた大分自分を偽って生きてきただろ?」


「…………っ」


いきなり核心を突いてくるとは思わず、返事が出来なかった。
ああしまった。こんな時は言葉を詰まらせた方が負けだというのに!


ユーリがそこを見逃すはずもなく不敵な笑みを浮かべながら近寄ってくる。
ぎしりとベッドがなり一気に距離が近くなる。
雪のせいでいつもよりも力が出なくて、ユーリを退かすことが出来ない。
やればやるほど自分からこいつに弱点を教えているみたいだ。
ムカつく。こいつにも、雪にも。


「ついでに言うと、雪も苦手みたいだな?」


「うるさ…いっ!?」


最後の言葉を言い終わる前に、抱きしめられる。
抱きしめられるというよりも包まれているような。
真っ黒なこいつに抱きしめられたのだから当然何も見えない。
もちろん、雪だって。


「……何のつもりだよ」


「怖いんだろ?なら、見えなくしてやるよ」


「……余計なお世話なんだけど」


そういうなよ、というユーリの声がやけに落ち着いていて一人で百面相している自分が馬鹿みたいに思えてくる。
こいつは嫌いだ。人のことを何でも分かってる口調で、実際分かってるから。
……でも。


「明日になったら、忘れろよ…」


「はいはい」



背中を撫でるこいつの手は、嫌いじゃない。





(俺の中の雪はいつの間にか止んでいた)














「ユ、ユーリ…!お前ゼロスと…っ!?」


「素直でなかなか可愛かったぜ?良いもん見逃したなロイド」


「〜〜〜〜〜っ。ゼ、ゼロスは渡さない…!」


安心しきって眠っているゼロスの傍で、こんなやりとりがあったのはもちろん誰もしらない。


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