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□かけがえのないもの
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油断してた。


そうとしか言えない。
ああもうこれで終わりだって最後の魔物を倒して、すこし汚れてしまった剣を軽く振って直して。
まあ数だけで大したこと無かったなんてことまで考えてた。
だから、きっとこれは自業自得。


「ルークッ!後ろ!」


ゼロスの叫び声が聞こえて自分の後ろに大きな影が出来た。
それでやっと理解する。
一匹、きっとこれはエッグベアの影。
俺は仕留め損ねたんだ。
今から剣を抜いて間に合う?いやきっと無理だ。だってもう、すぐそこなのだから。


ゆっくりと後ろを見ると、大きな爪がまさに振りおろされようとしていた。
ここからどうする?何が出来る?何も出来ない?


そして、目の前が真っ赤になった。
きっとこれは俺の血だなんて冷静に思う自分が嫌になる。
人って本当にピンチの時は冷静になるんだ。おれちょっと賢くなったかもしれない。


「ルー…ク…」


掠れた声が聞こえる。
俺以外に俺の名前を呼ぶのは、ゼロスしかいない。
しかしゼロスはこんな声だっただろうか。
ふと、顔を上げるとゼロスが汗を滲ませながら笑っている。
後ろで、どすんという大きな音と共にエッグベアが倒れた。


「さっすが俺サマ〜…」


なんというか声が無理をしている。
そういえばさっき俺の視界には赤は俺の血じゃなかったのか?
どうして俺はこんなに平気でいられるんだ。
違和感を感じて自分の腹を見る。血なんて出ていない。
そこで気がつく。今の体勢に。
ゼロスが俺を覆うようにして立っている。
そう、俺の視界を覆ったのはゼロスの服。
そしてその服に染み込んだゼロス自身の、血。


ゼロスの腹部からはじわりじわりと血が流れてきている。
心臓が激しく動き出す。
これほどの傷を負って無事なほど人間は丈夫なのか?
そんなわけがない!


「ゼロス、TP残ってないのか!?その傷…っ」


「大丈夫だって〜。俺サマ意外とタフなんだぜ?」


ああ何が大丈夫なんだ。
俺は回復の技を使えないし、道具だってそれほど必要ないからと多めに持ってこなかったから今はアップルグミしかない。
ゼロスが助かるには自分で回復するか、早く帰るしかない。
なんて無力なんだ。俺のせいなのに、俺は何も出来ない!
視界が滲みそうになる。


でも、ゼロスを失いたくない。


それだけしか考えられなくて、無意識に剣で自分の服を裂きそれで止血をする。
本当に気休め程度にしかならないけれどそれぐらいしか出来ないから。
無理矢理ゼロスをおぶって帰りを急ぐ。
みんなのところへ着くころにはゼロスはほとんど意識が無かった。
なだれる様にして医療室に運ばれる様子を俺はただ見つめる。


ギュッと祈るように手を握り締め、俺は医療室の前のイスに座り静かに目を閉じた。


ゼロス、ゼロス。お願いだから、死なないで。




何時間経っただろう。
名前を呼ばれて目をかけるとそこには医療班のみんなが少し汗を掻きながら立っていた。
ゼロスが目を覚ました。
その言葉にぼんやりしていた意識が覚醒してゼロスがいる部屋に入る。


そこには上半身を起こして窓の外を見つめながらゼロスの姿。
俺に気が付くといつもの軽い笑顔を浮かべてよう、なんて言ってくる。
見た目こそ大したことが無いように見えるけれどその場に居合わせた俺にはその傷がどれほど深いものか分かる。
だからこそ、その何も無かったかのような態度に驚いた。
何でそんなにへらへら笑ってるんだよ。


「何で…」


「ん〜?」


「俺のせいであんな大怪我したのになんで怒らないんだよ!?おかしいだろ…っ!」


一気にそう言い終わると、俺は肩を震わせた。
ああ何やってんだよ。
ゼロスに言わないといけないのはこんなことじゃないだろ?
もっと言うことがたくさんある。
でも、こんな言葉しか出てこない。


ああもう嫌だ。なんで俺ってこうなんだろ。


とてもじゃないけれどゼロスの顔が見れなくて顔を下げる。
最悪。その言葉だけが俺の頭の中でぐるぐると回る。


こっちに来い、と言葉が聞こえる。
行きたくないけどこれ以上ゼロスを困らせるわけにはいかなくて、ゆっくりとゼロスに近づく。
ベッドの真横に立ってちらりとゼロスを見るとなんて顔してんだよと笑われた。
じゃあなんでお前こそ笑っていられるんだよ。
思わず口に出しそうになって思わず口ごもる。
ゼロスの性分を考えたらそんなこと言える筈がない。
こんな時でさえも自分よりも他人を気遣う優しい人。


「ごめんなさい」


ぽつりと言葉が出た。
遅すぎるけれどやっと言えた謝罪の言葉。
何でか分からないけれど、ごめんよりもごめんなさいと言いたかった。


頬をゼロスの白い手が撫でる。少し冷たいのは、さっきまで生死の境を彷徨っていたからかもしれない。
ぞっとする。
ゼロスを失うことがそう遠くないことであったと思い知らされるようだ。
何も怪我なんてしていないのにじわりと腹部が痛くなる。
痛いというよりも、熱い、の方が近いのかもしれない。


どうにも落ち着けなくて、優しくゼロスの傷に響かないように抱きしめる。
抱きしめると言ってもゼロスの頭を自分の胸でぎゅっとするだけだれど。
それだけでもゼロスが生きているという証を十分に実感させてくれる。
その温もりが、吐息が、柔らかさが。


「ルーク、俺サマはルークに笑っていてほしいからこうしたんだ。だから、笑って?」


そんなの無茶苦茶だ。
大切な人が自分のせいでこんな怪我をして笑っていられる奴なんていない。
平気な奴なんていないんだ。


「俺はゼロスに無理して欲しくない。痛いなら痛いって言って欲しい。もっと気持ちを教えてほしいんだ」


きっとこれは堂々巡り。
互いが互いを想う分だけ、その想いは強くなっていくのだから。


少しの静寂の後、ゼロスが小さな声で痛いって呟いた。


「もう、俺サマ動けない。ルーク、お腹すいた。メロン食べたい」


ぐりぐりと頭をくっつけてくる姿がとてもさっきまでのゼロスと思えなくて、俺は笑いだす。
何というか、本当に子供のようで。可愛いとまで思えてしまう。


「ははっ、分かった。すぐ持ってくる。他にしてほしいことは?」


じゃあ、とゼロスは考え込む。
何を言われるかよりも、その何か考えてる今のゼロスの方が何倍も気になるのはきっと気のせいじゃないと思う。
ころころと変わるゼロスが愛おしくてしょうがないんだ。
それは親愛か恋愛か、まだ俺には分からないけれど。


「今夜は俺サマに一緒に寝ること!」


今は、この可愛い願いを叶えてあげるとこが先決かな。





(大きな代償と引き換えに、僕らは大切なものを見つけた)


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