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□その恋に溺れるまでの過程
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※ユリ←ゼロ気味



「なあ、なんであんた不機嫌なわけ?」


「…お前には関係ないだろ」


ああもう嫌だ。
こいつといるといつもこう。
何でもないのに妙に意地を張ってしまって、喧嘩腰になる。
本当はこんな態度をしたいわけじゃない。
憎まれ口を叩きたいわけでもない。
でも、無理なんだ。
こいつの眼を見てると、冷静にいられなくなって何が何なのか分からなくなって。
こんなの、かっこ悪い。


ふう、と隣から聞こえてくる溜め息。
どきりとする。
愛想を尽かされただろうか。
俺サマのこと嫌いになったかもしれない。
そんなことを考えると、柄にもなく泣きたくなる。
男一人に嫌われようが別に痛くも痒くもない筈なのに。
嫌われるのが、怖い。


ふわりと風が頬を撫でる。
ああそう言えばここは外か。
任務もなくて、何となく外に出たくなって来たんだっけ。
まさかこいつまで来るとは思わなかったけれど。
どこかに行く時はほとんどあのお嬢さんが一緒だし。
本人達は否定してるけど、きっと彼女なんだろうな。


ずきり。


……俺サマの馬鹿。
自分で自分を追い詰めるようなことを考えてしまうなんて。
分かってる。
こいつにはもう特別な子がいて、俺サマが入る隙間なんてこれっぽっちもないことぐらい。
それに納得してる自分が余計に空しくて。
納得してる癖に諦めきれないのがもっと恥ずかしくて。
一生答えの出ない無限ループに飲み込まれたようだ。


「は〜、あんたって俺のこと嫌い?」


「嫌い。………あ」


「そ、うか」


いくら慌てて口を押さえても時すでに遅し。
というか誤魔化そうとした辺りで余計に誤解されたかもしれない。
どうしよう。どうすればいい?どうすれば誤解を解ける?
きっといくら弁解したって言い訳にしか聞こえないだろう。
でもこのままなんて嫌だ。
俺がこいつのことを嫌いなんて、有り得ないのに。


このまま遠い関係になることを想像する。
どうにか会話は出来る今の状況からこれ以上遠くなったら。
話もしなくて、本当にただの知り合いとして毎日が過ぎていって。


きっとそれはとても辛い。
窒息したみたいになるんだきっと。
今のこの状況ですら、俺サマにとっては苦しいものなのにそんなの絶対に耐えられない。


「き、嫌いじゃないからっ。絶対っ」


「え?」


気付いたら声に出ていた。
驚きの表情を浮かべながらこっちを見ている。視線が、する。
恥ずかしい。爆発しそうだ。
これ以上言ったら絶対変な奴だって思われる。
でも、伝えないでこのまま終わるぐらいなら。


伝えて終わった方がきっとマシ。


「俺サマはっ、お前のこと…嫌いじゃないっ。でもお前といると何だか変になって、…上手く返事とか出来なくなる。
だから、嫌いなわけじゃなくてっ、どっちかって言うと…」


(…好き、で)


最後の言葉が言えない。
伝えたいけれど、やっぱり怖い。
報われないと分かっているのに伝えるのはこんなにも勇気がいることなのか。
さっき自分で決めたのに。
伝えて終わるんだ。せめて、それぐらい。


「す、き…」


自分の声と思えないほど小さくて消え入りそうな声。
聞こえただろうか。聞こえなかったからもう一回、なんて言われたらどうすればいい?
そんなのシャレにならない。


ぽんぽん、と頭を撫でられる。
初めて、こいつに触れられた。
触れられた頭が熱い。
恥ずかしいのか嬉しいのか。きっとどちらもだ。


「なら、名前ぐらい呼んでくれたって良いんじゃないか?」


「え?…あ、」


そこで俺サマは気付いた。
今までろくにこいつの名前を呼んだことが無いことに。
いや、最初は呼べてたんだ。
そう、こいつをそんな風に意識し始めるまでは。
名前を呼ぶだけなのに緊張するなんて女の子だってないだろう。
分かってるけれど、どうしても緊張するなと言う方が無理な話で。


ちらりと顔を見ると、期待に満ちた表情を俺に向けている。
逃げたい。
反射的に体が後ろに下がる。
でも、腰に手をまわされて阻止されてしまった。
距離がゆっくりと縮まって、息がかかるくらい近くに顔が迫ってくる。
きっと今俺サマの顔はこれ以上ないというほど赤くなっていると思う。
その時、本当に自然に。


「……ユーリッ。近い…!」


そこではっとする。
耐えられなくて、呼んでしまった。
嫌、別に呼んではいけないというわけじゃないけど。
何というか今まで悶々と悩んでいたことが全部流れていくみたいだ。


ゼロス、と同じように名前を呼ばれる。
そういえばこいつから名前を呼ばれるのも珍しいかもしれない。


恥ずかしくて逸らしていた目線をゆっくりと前に戻す。
さっきと変わらず近くにある顔にどきりとした直後、グッと体を引き寄せられた。
ただでさえ近い距離だったのにそんなことをするとどうなるかなんて誰でも分かる。


これこそ有り得ない。
というかあってはいけない。
おかしい、だろ。
だってこいつは俺のことなんて何とも思っていないはずなんだ。
さっきのだってただの気紛れで。
そうだろ?全部、冗談なんだろ?


じゃあ、これも、冗談?
この少し湿った唇も、触れあう温かさも、力のこもった抱擁も、全部全部、冗談?
爆発してしまいそうな嬉しさも恥ずかしさも、無意味なもの?


つっと頬を涙が伝う。


(そんなの、嫌だ…)


止まらない涙をぺろりと舐め取っていく。
ああこいつはなんて恥ずかしいことを平気でやるんだろう。
男にそんなことするなんてどうかしてる。
(そんなことされて、嬉しいと思ってしまう俺サマはもっとどうかしてるな)


「ゼロス」


そっと抱きしめられて、俺サマは目を閉じる。
拒絶の言葉でも何でもいい。
気持ちを伝えられたから、それでいい。
そう自分に言い聞かせる。
本当はきっとまだ拒絶されること怖い。
でも、こいつの、ユーリの気持ちを知らないままいるのはもっと怖い。


そして、ユーリの口から言葉が紡がれる。


「……好きだ」


その三文字の言葉に、また涙が溢れた。



(大好きだ、ユーリ)








thanks! 人魚


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