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□悲しみを纏わないで
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本当に何気なく始まったその会話。
移り変わりの激しい彼女達のことだからしょうがないといえばしょうがない。
そして今話の話題となっているのは家族のこと。


メンバーの中には既に親を失っている者も少なくない。
もちろん目の前で楽しそうに話をしている彼女達も例外ではない。
それでもこうやって明るくいられるのは乗り越えたからでしょう。
いや、親の死の悲しみを完全に断ち切るのは難しいと思う(私はそういう感情が他の人よりも鈍いため思う、としておこう)
でもそれぞれのやり方でその感情を抑えることが出来ている証だとは言えます。
それはとても難しいこと。
その証拠に。


ちらりと彼女達の真ん中にいる男を見る。
平気そうな顔をしているが、その顔はいつものように軽い笑顔を纏えていない。
そのことに彼女達も気付いたのか彼を心配し始めた。


大丈夫?
顔色が悪い。
休んだ方が。


労わる言葉をかけられるほど彼の顔にはやってしまったという表情が浮かぶ。
誤魔化せば誤魔化すほど自分の首を絞めていることに気付かないんですかね。


別にこのまま傍観してるのも悪くないけれど、少し面白くないと思い、集団に近づく。
私に気付いたのかバツの悪そうな顔をして下を向いてしまった。
そんなに私は嫌われているんでしょうか。
軽く笑って女性達の中から彼の腕を引っ張って引きずりだす。


「少し、お借りしますね」


ぽかんとしている彼女達にそう伝え足早くその場を離れる。
自分でも突発的な行動に驚いた。
普段ならこんなこと絶対にしないのに。
これも相手が相手だからなのかもしれない、と小さく笑って自室へと足を進めた。





「質素な部屋だな」


彼が私の部屋に入っての一言目は予想していたものと随分違っていた。
てっきりここに連れてきたことを怒ると思っていたのですがこれは意外。
私もまだまだ読みが甘いと言ったところでしょうか。


30代の男の部屋なんてこんなものですよ、と受け流しテーブルにコーヒーを置く。
誰かのためにコーヒーを入れたなんて久しぶりだとどうでもいいことを考えているとなあ、と声をかけられる。
どうやら私の読みは全くの的外れだったわけではないらしい。
さっきまでのおちゃらけたものではない、低い声。
それは彼が本気で話しているということを意味する。


「何ですか?」


「俺サマ、顔に出てた?」


何がなんて聞かなくても十分に分かる。
でも、驚きました。
顔に出てると自分でも分かってたんですね。
普段滅多なことじゃないと何もしない私が行動した時点で自分が失態を犯していると感づいたのかもしれませんが。


「まあ、それなりにね」


「あ、そ。少なくてもあんたが気付くぐらいには出てたんだろ?なっさけないね〜」


その笑いはどこが自虐的で。
それを聞くだけで彼は私よりもずっと重く暗い道を進んできたように思える。
実際そうなのかもしれない。
神子と言うものがどれほど偉大な存在なのか、それほど多くのことを知っているわけではないけれどそれでも楽な人生ではないことは容易に想像出来る。
誰よりも大切にされ、奪われそうになる、儚い命。
いつ誰に襲われるかもしれない恐怖を常に抱きながら生きてきた。
それがどれほど過酷なものなのか私には計り知れないけれどきっと相当なものだろう。


この笑顔も行動も全て、彼が望んでこうなったわけではない。


「…………ジェイド?」


私が近付いてくることに不信感を持ったのか、私の名前を呼ぶ。
自然と腰に手が伸びているのも過去のせいなのですか。
誰にも弱みを見せず、強がっているのも全部、過去からの戒めなのですか。


ずっとそうやって一人で生きていく?


ああそれは、あまりにも哀しい。


ひどく小さく見える赤を抱きしめた。
驚いて私の軍服を掴んでくる手は嫌に弱弱しく感じる。
ほら、こんなにも貴方の心は人を求めてる。
自分の心を騙すことなんて誰にも出来やしない。
だから私もこうして貴方を抱きしめているのです。


「ゼロス、大丈夫です。今は、私しかいませんから」


名前を呼んでそう言えば、今度こそ服をぎゅっと掴んでくる。
まるで、離さないと言わんばかりに。
でも、それが嬉しい。
貴方が何かを隠していることが分かっても、何も出来なかったら知らないのと変わらない。
でもこうして少しでも貴方の気持ちを吐きだせるのが私のところならそれほど光栄なことはありません。


少しして、胸のあたりが冷たいと感じた。
きっとこれはゼロスの涙。
静かに誰にも聞こえないように涙をこぼしているのだろう。
でも確かに私には聞こえてくる。
全てを曝け出して、想いを溢す彼の声が。


きっともう限界だったのでしょう。
心の容量が破裂するまで我慢して、溜め込んで。


考えれば考えるほどゼロスへの想いが募っていく。
こんな想い、一生持たないと思っていたのに。


でも、この愛おしい人のためならそんならしくない想いを抱くのも悪くないだろう、と私は目を閉じた。




(愛しい人、どうか私の前では偽らないで)











thanks! 人魚

ao様、ネタ提供有り難う御座いました!


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