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□月夜にベーゼ
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※あくまで赤ずきんっぽいお話。捏造満載。特に最後。








昔々ある所にそれはそれは美しい子がおりました。
赤い頭巾をいつも身に付けておりとても良く似合っていたので近所から「赤頭巾」と呼ばれています。
そんな彼女が今日は病気になってしまったお婆さんの所へ一人でお見舞いに行くことになりました。
甘い匂いのケーキと上品な香りのワインの入ったバスケットをお母さんから手渡され赤頭巾は少しだけしかめっ面。
そんな赤頭巾の反応にお母さんは嗚呼本当に頼んでも良いものかと心配になります。


「ちゃんと届けるんだぞ?ナンパしたら駄目だからな」


「へいへーい。この麗しの赤頭巾サマに任せなさい〜。俺サマにかかれば見舞いの一つや二つ楽勝よ」


へらへらと笑うやる気ゼロの赤頭巾にお母様の怒りボルテージは上がっていき、すっと赤頭巾の耳元で囁きます。
もし、ちゃんと出来なかったらお仕置きだからな、と。
とても親から子への言葉と思えないそれに赤頭巾の顔をすっかり赤くなってしまい、それを誤魔化すかのように歩き出しました。


ずんずんずんずん森の中を進んでいきます。
まるでその可愛らしい頭巾に似合わない大股歩き。
きっと村の誰かが見たらあれが本当にいつもの赤頭巾かと驚くことでしょう。
基本、赤頭巾は村の中でクールを装っているのです。


(……ったく!俺サマあんな親見たことない…!子供にすることじゃねえだろッ…)


そんなパニック状態の赤頭巾ですから道端から皮肉っぽい笑みを浮かべた茶色というよりも黒っぽいの獣が自分のことを呼んでいても気付きません。
大股でペースを崩さずあっという間にその獣を追い越してしまいました。
実は密かに赤頭巾を狙っていた獣はお婆さんという邪魔者を消してから赤頭巾を頂いてしまおうと計画していたのでほんの少し慌ててしまいます。
このままでは自分より先に赤頭巾がお婆さんの元に着いてしまうからです。
はあ、と溜め息をついて獣ならではの俊敏さで赤頭巾の元に行き、その体を捕まえました。
流石に獣の存在に気付いた赤頭巾は驚いて後ろを見ます。


「……な、何だよあんた?」


こいつ意外と天然だったりするのかと獣は内心笑いました。
益々、赤頭巾を気に入ってしまったようです。
不穏な空気を感じ取ってのか赤頭巾はどんどん眉間に皺が。
嗚呼折角の美しい顔が台無しだと獣は赤頭巾の白い手に唇。
じわじわと赤頭巾の頬は赤くなっていき思わずお婆さんと家と違う方向へ走り出してしまいました。
本当は花でも摘んでいけばいいと言うつもりだったのだけど結果同じ方向に行ってくれたからいいかと獣は意気揚々と歩き出します。
目指すのは、お婆さんの家。


一方、今日一日走りっぱなしの赤頭巾はたまたま見つけた花畑に座り込んでしまいました。


(もう本当なんなんだよっ。何で初対面の奴にあんなことされないといけないわけ…?)


幾度目かの溜め息をつき、ぐるっと辺りを見渡します。
美しい花達は不安定な自分の心を癒してくれるかのよう。
そうだ、これをお婆さんに摘んでいけばいいのではと赤頭巾は思い、早速綺麗な花を選び始めました。
こうしている間にもお婆さんが獣によって消されてしまいそうになっていることなど知る由もないのでした。


自分の思っていた順序とは少し手違いがありながらもお婆さんを消すことに成功した獣は上機嫌にベッドに寝転がります。
そしてタイミングよく家のドアをノックする音が聞こえてきました。
どうぞ、と出来るだけ布団に身を隠しながらそう答えると控えめにドアが開きそこには愛おしい赤頭巾の姿。
………の筈がそこにいたのは赤頭巾ではなく、猟銃を腰に添えている猟師。


(……………っ?!)


流石に予想外の出来事に獣は焦りだします。
嗚呼まさか赤頭巾の他にもここを訪ねてくる奴がいたなんて。
しかもそれが猟師だなんて運が悪いにもほどがある。
まさか俺を仕留めに来たのだろうかと考えを巡らせていると猟師が口を開きました。


「すいませーん。ちょっとキッチン貸してもらいたいんですけどいいですか?」


どうやらこの猟師は釣ったばかりの魚を焼くところを探しているらしく手には何匹か魚を持っています。
猟師らしくないその様子に獣は不運どころか幸運なのではと思い始めました。
そう思い、どうぞ、と気の良い返事。
一番無防備になった時を見計らってお婆さんと同じ目に合わせてしまおうと考えたのです。
でも、そう上手く事は進みません。
バタンとドアが開き両手に花を抱えた赤頭巾が入ってきたのでした。


「よ〜う、見舞いに来たぜっ…と。…?誰だあんた?」


流石に身を守ることを覚えた赤頭巾は手に持っていたものをテーブルの上に全て置き警戒した様子で猟師をじっと見ます。
内心一番ドキドキしているのは獣だったりするのですがこの状況では何もすることが出来ません。
種類は違いながらも緊張感を漂わせる赤頭巾と獣をもろともしないで猟師は笑顔でこう言いました。


「あ、お邪魔してます。俺はまあ通りすがりの猟師ってことで。キッチン貸してもらいたくて家の人には許可取ったんですけど駄目ですか?」


「…猟師ね。婆さんに許可取ったんなら別にいいけど…」


赤頭巾のベッドの上の膨らみに視線を移すと、獣もその気配に気付き一気に緊張が高まります。
直ぐそこには、愛しい赤頭巾。
今が二人だけならこれ以上のチャンスはないというのに今は自身最大の危機。
あの猟師さえどうにかすれば…。
…どうにか?そこで獣がまた微笑みました。
そう、邪魔さえしなければいいんだ。


ちらりと布団が捲られて露わになるたっぷりとした黒。


「俺の婆さんは俺に良く似た赤毛だった筈なんだけど…?ってか、お前もしかしなくても」


正体が早くも気付かれたというのに獣は楽しそうに笑うと素早く起き上がり赤頭巾をさっきと同じように後ろから抱きしめました。
驚いた猟師は銃に手をかけますがやけに色っぽく見える赤頭巾に見入ってしまいそうになります。
その様子に思った通りだと内心笑いました。
自分で言うのもおかしいけれどよっぽどではないと人に興味など抱かない自分が好きになった相手なのだから大抵の奴は意識するだろうと考えたのです。


「ほら、猟師サンも一緒にどうだ?」


意地の悪い笑顔でそう言うと、猟師は銃と赤頭巾を交互に見比べて一歩ずつ近寄ってきます。


「ちょ、ちょっとお前ら何考えてるんだよっ!離せっ」


すっと猟師の手が赤頭巾の頬を撫でて赤頭巾が小さく震えたその時、どんっとドアが開かれ現れたのは赤毛の二人。
そう、お婆さんです。


「…っ?!お前、確かに気絶させたはずなのにっ」


「残念だったな!俺らは双子なんだよ!」


「とっととそいつから離れろ屑共!」


そう、なんとお婆さんは双子だったのです。
まさかそんなことがあってたまるかと獣は窓から飛び出しました。
ここで捕まるわけにはいかないと判断したのです。
元気なお婆さん達の怒声が聞こえてきますが獣はそのまま走り去りました。


残った猟師はお婆さん達が獣に気を取られている間にそそくさと逃げ出してしまいました。
赤頭巾はもう何が何やら分からずぽかんとしてしまいましたが久しぶりにお婆さん達の元気な顔を見れてほっとしたのかへらりと笑顔を浮かべました。
そして、持ってきた少し形の崩れたケーキとワインを二人に振る舞いながら楽しい時間を過ごしたのです。


でも、その楽しい時間の間にも忘れられなかったのはあの獣のこと。
初対面にも関わらず自分に好き勝手なことをしてきた筈なのに何故か忘れられないのです。
結局そのまま帰る時間になりました。
心配で堪らないお婆さん達は泊っていった方がいいと必死に説得しましたが赤頭巾は大丈夫だといい来た道を戻り始めます。


そしてお婆さんの家も見えなくなり丁度獣と初めて会った所を通ろうとした時、赤頭巾は自分の目を疑いました。
なんとそこにはあの獣の姿。


「あんた、何してんの…?」


「御挨拶だな。満更でもない癖に」


どこからその余裕は出てくるんだと思っているとゆっくりと獣は赤頭巾の手を引き、昼間立ち寄った花畑へと導きました。
どうして自分は嫌がらないのか。それは赤頭巾には分かりません。


花畑に横たわる赤頭巾はその頭巾が不似合いなほど大人っぽく美しいのです。
ふっと笑った赤頭巾の笑顔の理由が分からず獣は首を傾げました。
何か可笑しいかと聞けば、まるで挑発するかのように赤頭巾はこう答えました。


「まさか初恋がこーんな獣相手だなんて我ながらスリリングだなと思ってさ〜」


「ははっ、それは光栄だな。だけどあんまりそういうこと言わない方が良いぜ?」


だって俺は、狼なのだから。


顔を見合わせてくすくすと笑い合い、そして赤頭巾は自らお気に入りの頭巾を外しました。


(ほら、狼さん?これでもう子供じゃないよ)


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