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□掌に君を
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「それにしても高いな〜」


俺達が任務で訪れたのはここら辺でも飛び抜けて高い山。
何やらここにしか生えないキノコがあるらしく取りに言って欲しいとのこと。
人の手が入っていないのか草やらなんやらが伸び放題の所を見ると確かに珍味の一つや二つあるのかもしれない。
しかし獣道のため前に進むだけでも一苦労なこの状況でキノコを見つけれるかはかなり微妙な所だ。
まあ、任務だから完遂するしかねえけどな。
そう思いながらがさがさと音を立てながら奥に進む。


ちらりと後ろを振り返る。
俺の後をついてくるのは今日の任務のパートナーであるゼロス。
いつもなら何で俺サマがこんなことだの服が汚れるだの文句のオンパレードなのに何故か今日は嫌に静かだ。
かなり考え込んでいるというか…下を見ないようにしてる?
確かに落ちたらただでは済まないだろう。
多分普通の人間なら確実に死ぬ。
それは俺達も例外では無いので慎重にしかないといけないのでこれ位神妙になっても当然なのかもしれないな。


そこから少し進むと林を抜けたのか辺りが太陽の光に包まれる。
暫く緑の中に埋もれていたのでかなり眩しい。
ゆっくりと目を開けて辺りを見渡すと清々しいくらいの青空が広がっており空気が美味い。
しかし周りをざっと見渡せど目当てのキノコは無く、それどころか自分の足元は断崖絶壁。
これ以上は進めなくなっている。
ゼロスにあったかと聞いても見当たらないぜという答えが返ってくる。
確かに依頼書にはここら辺にあると書いていたんだが。
そこで俺はもしかしてと思い恐る恐る崖を覗きこむ。


「………あ」


よく崖の途中に目的の花が咲いているとかあるよなと思って冗談半分で見ただけなのにそれはあった。
どうしろってんだ。
しかし考えたところで取りに行く以外の選択肢は無く溜め息をついて崖を降りていく。
上からゼロスが慌てた声で名前を呼んできたがここで止めるのも何なのでゆっくりと下りていった。
器用に岩の隙間から生えているキノコをどうにか手に取り任務目的を果たし上に戻ろうとする俺。
でもそうそう事は上手く運ばなくて。


俺が掴んでいた岩がピシ、と嫌な音を上げたと思ったらそのままその岩が取れた。
それが何を意味しているのかなんて容易に想像できる。
嗚呼、俺死ぬかな。
どこか冷静に考えていると体がふわりと後ろに舞いそのまま急降下していく。
微かにゼロスの叫び声が聞こえた気がしたが返事をする余裕はない。


「〜〜〜〜〜!」


叫びにならない声を上げ俺は必死に手を伸ばす。
しかしここは空中な訳で何も掴まるものなんて無い。
ちらりと後ろを見るとごつごつとした岩が無造作に転がっている。
川とか森なら骨折ぐらいで済むかもしれないが多分あの岩の中に落ちたらそれすら叶わないだろう。
さあどうするべきか。
ここから下に向かって技をぶっ放せば少しは衝撃が和らぐかもしれない。
でも生憎とこの体勢からそれは厳しいだろう。


(…………やばいな)


その時、俺の視界に何かが映った。
太陽の光で何かは分からないが確実に何かが俺の方に向かって落ちてきている。
いや、落ちてきているというよりも俺を助けに来ている様に見えるのは気のせいだろうか。
俺にはその影が必死に手を伸ばしてきている様に見えたんだ。
無我夢中で俺はそれに向かって手を伸ばす。


手に確かな感触を感じた時、俺の体は急降下を止めた。
そして俺の視界を埋め尽くしたのは赤とオレンジ。
その赤に引き寄せられて温かい体温を感じながらゆっくりと地上に降りた。
でも俺から温かさが消えることは無い。
なぜならまだそいつが俺に抱きついているから。
そいつの背から生えるオレンジが気になりつつもゆっくりとその体を抱きしめる。


「……ありがとな、ゼロス」


俺を助けてくれた赤ことゼロスに耳元でそう言えば大袈裟なくらい体を震わせて俺を睨んでくる。
相当怒ってるなこりゃ。


「ユーリ君の大馬鹿野郎っ!あんなことするかふつー?!俺サマ心臓止まるかと思った…」


一気に言葉を発したからかゼロスは息を切らす。
涙目になっている気がするのは俺の見間違いだろうか。
きっと本人に言えば恥ずかしさのあまり卒倒するだろうから言わないでおこう。


悪かったと苦笑してもう一度抱きしめればさっきまでどこか下に垂れている風だったオレンジのそれがふわりと広がった。
多分というかこれは確実に羽というやつだろう。
でも俺の中で羽というものは鳥か鳥型の魔物にしか生えていないと思っていたので内心かなり驚いている。
それに鳥に生えているそれとは似ても似つかないほど綺麗だ。
きらきらと小さく光を放ちながら揺れている。
そう言えばコレットが戦闘で背中からぱたぱたと出しているがゼロスのこれもそれと同じなのだろうか。
もしかしたら神子と言う立場の者だけが持つものなのかもしれない。


少し興味が湧き、羽へと手を伸ばす。
腕の中でゼロスが駄目だとか何とか叫んでいるが構わず触れた。
何というか体験した事のない感触。
というかこれは触れているというのだろうか。
微妙に透き通っているため触れているのかどうなのか分からない。
でもゼロスが少しくすぐったそうにしているから触れていると思って良さそうだ。
直ぐに反応するゼロスが面白くてやめろという制止の声も聞かずに触り続ける。


「…ユーリ君てばこの羽見て気持ち悪くないの?」


抵抗をやめてゼロスは神妙な面持ちでそう聞いてきた。
気持ち悪い?
俺がゼロスのことでそんなこと思うわけないというのに。
それにこの羽は綺麗でどこか悲しくて。
どっちかって言うと俺が触れてもいいのかと聞いてしまいそうになるぐらいなのに。


「そんな訳ねーだろ。…そう、言われた事があんのか?」


ヤマをかけてそう言ったのに黙り込んでしまった所を見るとそういう経験があるらしい。
それだけで怒りが湧いてきそうになるなんて。
俺はこんなにも感情的な人間だっただろうか。
嫌、きっとゼロスの事だからこうなるんだ。
他人の事でこんなにも心が揺さぶられるなんて後にも先にもこいつにだけだろう。


それにしても、この羽をそういう風に見る奴がいるとはな。
でも、そういう捉え方をする奴がいてもおかしくないのかもしれない。
人間って奴は自分と違うものを受け入れようとしないところがある。
時に差別し、排除し、そいつらの存在を全否定していく。
だからこの羽もその対象になったのかもしれない。
背中に羽が生えている人間なんて普通いないからな。
きっとこいつが今まで羽を出さなかった理由にはそう言う面もあるのだと思う。
所詮は俺もただの人間。
ゼロスの苦悩を全て感じてやるなんてこと出来ないのだけれど。


「ゼロス…」


「な、に…?いでで、ちょっと力強い…っ」


何度交わしたか分からない抱擁をもう一度繰り返す。
ゼロスには悪いがこうでもしないとこいつを失ってしまいそうで柄にもなく焦っているんだ。
視界にちらつくオレンジを見ていると複雑な気持ちになっていく。
これを背中に宿した時こいつはどんな気持ちだったのだろうか。
今でもこれに苦しめれているのだろうか。
嗚呼俺はどうしたっていうんだ。
苦しいのはゼロスだろ。
俺はこうやって抱きしめてやることしか出来ないのだから。


「…無茶するなよ」


「ユーリ君が無茶させたんだろ〜?」


けらけらと笑うゼロスに俺もつられて笑う。
そうだな、全くその通りだ。
でも今羽の事を知れて俺は良かったと思ってる。
このまま何も知らずにゼロス一人にずっとこの重みを背負わせる事になっていたと思うとぞっとするんだ。
だからこいつには悪いけれど正直ほっとしてるんだよ。
ただの人間の俺でもこいつが羽を出さなくて済むように守ってやる事が出来るかもしれないしな。


(いや、守るんだ絶対)


我ながら熱い台詞だと思う。
でも今はこの言葉しかないんだよな。


「言っとくけどな、お前もその羽も俺は好きだ」


「………馬鹿じゃねーの」


ぷいとそっぽを向き歩き出すゼロスの後をついていく。
いつも間にかオレンジの輝きは姿を消していつもと同じようにゆらゆらと赤毛が揺れていた。
あの神秘的な感じも良いかもしれないけどやっぱり俺はこのゼロスが一番好きだわ。
そんな事を考えながら手にしっかりと握っているキノコを見て俺は笑った。


(全部この手で守ってみせるさ)


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