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□心臓が幸せを食い千切る
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「どうですか?ミトスさん」


「…うん、美味しいよ」


期待と不安を半分ずつのような表情で僕にそう問うてきた少女に笑顔でそう答えれば、良かった、と嬉しそうに笑う。
兄と違って素直で健気な彼女を僕はずっと前から知っている、もちろん彼女の方は知らないけれど。
君を利用して兄を苦しめていたんだよなんて話したらどんな反応をするだろう。
彼女のすぐ手元にある果物ナイフを僕に向けるかもしれない。
でも、きっとそれは自然な事。だって僕が彼女の立場なら間違いなく相手を刺すもの。


一口、生クリームを口に運ぶと食べた事のない様な甘さが口に広がっていく。
ケーキなんて嗜好品を食べるのは姉さま達と旅をしていたころ以来かもしれない。
ふわふわと優しい味に改めて自分が生きている事を実感させられる。
でも、もう生きているべきじゃないとは考えない。
あいつは、ゼロスは僕に生きる意味を教えてくれると言った。
だから僕は生にしがみついてそれを分からないといけない、それが、僕に出来る償いでもあると思うから。


そんな事を考えていると僕がケーキを食べている様子を見ていた彼女がふいに笑う。
何故笑われているのか分からなくて首を傾げると、彼女が自分の口の下あたりをとんとんとつついた。
自分のそこへ手をやって手を見れば微かについているクリーム。
嗚呼、口の横にクリームをつけていたなんて恥ずかしいにも程がある。
俯いた僕に彼女はまた小さく笑った。


その時、少し嫌みのある声が庭に響く。


「ミトスちゃんてば俺サマがいない間にセレスを口説こうってか?なかなかやるねえ」


その品性を感じられない言葉に僕と彼女いや、セレスは同時に溜め息をついた。
どこをどう見たらそんな考えに至るのか是非教えてもらいたいね。
セレスも同じ事を考えているのかゼロスのもとに近付きお兄様の馬鹿、と真っ赤になりながら反論している。
でも彼女を大切に思うからこその言動なのかと思うと少し、ほんの少しだけ気持ちが分からなくもない。
僕だってユアンが姉さまに変な事言ってるとムカムカしたもの。


ゼロスが僕の方に近付き背後に回ったかと思うと、フォークを持ったままの僕の手を握りケーキを一口サイズに切ると、そのまま自分の口にいれる。
何をするんだという意味を込めて睨みつければまるで堪えていないのかセレスのケーキはやっぱ上手いな、向かい側にいたセレスの頭を撫でた。
セレスもセレスでそれが嬉しかったのか嫌がるどころか微笑んでいるのだからもうどうする事も出来ない。


部屋の中からセレスを呼ぶ執事の声がしていけない、と慌て出す彼女。


「私これから少し用事があるので、また夜にお話ししましょうねミトスさん」


「うん、いってらっしゃい」


そう笑顔で見送れば行ってきます、と明るい笑顔で返してくれた。
どこかそれが姉さまに似ている気がしたけれど頭を振ってそれを消す。
いつまでも姉さまばかりに囚われていては前に進めないから、僕はもう必要以上に姉さまに依存しない、そう決めたのだ。
今僕の隣にいるのは姉さまじゃなくてゼロスとセレスなんだから。


上からゼロスの楽しげな声が聞こえてくる。
何が可笑しいの、と不機嫌そうに尋ねると僕と部屋の中を何度か見比べてこう言った。


「いや、前よりセレスが楽しそうだなと思ってよ。ミトスちゃんが話し相手になってくれてるからだろうなあ」


その思ってもいなかった言葉に何も言えなくなって、同時に胸が熱くなってくるのが分かる。
この感情はつい最近になって取り戻した、嬉しいという感情。
僕がいることで誰かが楽しんでくれるなんて思わなくて有り得ないほどに嬉しい。
生きながらえて、償うことしか出来ないと思っていたのに。
嗚呼良かった、僕にもまだ誰かを傷つける以外の事が出来るんだ。


言葉で感情を表現するにはまだ少しプライドが邪魔をするからテーブルの下で服を握ると、目敏くそれに気付いたゼロスが僕の手を持ち上げた。


「嬉しいなら、嬉しいって言えばいいでしょうよ。頑固だねえミトスちゃんは」


そう言って優しく微笑んだかと思うと、正面から僕をぎゅっと抱きしめてきた。
今日は驚いてばかりだけれどまた驚いてしまう。
だって誰かにこうやって触れられるなんて事、滅多にないから慣れていないから。


自分とは違う体温が服を通して伝わってくる。
柔らかくて気持ちの良い温かさに包まれているからか自然と体の緊張が無くなっていく。
なんだろう、こうしているとすごく安心するんだ。


「ミトスが生きてくれてて、良かった」


砂糖の様に甘いその言葉は、僕の中に溶けていった。


(幸せだと、感じた)



thanks!  人魚

幸せに溶けるように。


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