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□Give the magic of love to me.
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好きだ嫌いだと毎日のように近くで繰り広げられる恋模様はどれも見飽きたものばかり。
思春期特有のじれったいそれを悪いとは思わないけれど少しばかり俺には物足りないのだ。
それではまるで俺の様が思春期真っ盛りの子供のよう。


「なーに見てんだよこんなところで」


甲板でぼんやりしているとふいに後ろから声を掛けられた。
甘くて自身に満ちている、女の子なら声だけでうっとしりしてしまいそうな声の主が誰なのかなんて嫌でも分かる。
だから振り向く事はせず今まで見続けていた光景をまた見始めれば溜め息をついて声の主が横に並んで俺の視線を追う。
そこにいるのは最近仲が良いと噂の二人。
昼寝でもしようとしているのか同じ木に寄り添っている姿はなかなかに微笑ましい。


「…あいつらの幸せの絶頂は今を言うんだろうな」


何気なく、思ったままを口にする。
この戦いの中で息抜きとして恋愛を楽しむのは確かに悪い事じゃない。
でも愛なんてものは気を抜いた瞬間にまるで初めから存在しなかったように消え去っていく。
金魚鉢の様な世界で生きている金魚の様な俺達。
水を抜かれたら、生きていけない。
もしかしたら餌を取り合って片方、悪くて両方の存在すらも消してしまうかもしれない。
なら最初からそんなもの望まない方が良いに決まってる。


(こうやって生きていくのに恋だの愛だの、必要ないだろう?)


そっと寄り添う、若い二人。
その表情は遠目で見ても幸せだと言わんばかりで太陽に負けないくらい眩しい。
互いを見つめ合って優しく触れて、甘いキス。


思わず顔を逸らしてしまったのは自分がそんな真っ当な愛に慣れていない証拠だろう。
人を本気で愛した事のない俺が本気で愛される筈なんてないのだからそれは当たり前のことなのに、どうしようもなく苦しい。
もしかして自分も心の中であんな恋を望んでいるとでも言うのだろうか。
それは大した笑いものだな、と自嘲気味に笑えば軽く髪を引っ張られた。


何事かと視線をやれば見抜く様に俺を見つめている漆黒。
嗚呼、この目は全てを見透かされそうでどうにも苦手なのだ。
何?と幾分不機嫌そうな声でそう言えばあちらも負けじとばかりに睨み返してくる。


「お前はいつもどこか客観的だな。俺には自分とは違う世界の様に物事を捉えてるみたいに見えるぜ?」


見えるの何も実際俺には関係のない事なのだから当たり前だろう。
恋をしているのはあいつら。俺は見ているだけ。
当事者のあいつらじゃないのだから客観的というのは普通のことなのに、こいつは何を言っているんだ。
違う世界?
それはあながち間違ってはいないかもしれない。
だって俺があんな風に穏やかに誰かを愛する事なんて有る筈ないのだから。


「あいつらと俺サマじゃ何もかもが違うから当たり前だろ。あんな青臭い場面、俺サマみたいな大人には縁のない事だしな」


尤もそうな理由を並べてやり過ごそうとすれば何故か眉間の皺は深まっていくばかりで一向に納得したようには見えない。
嗚呼こいつはどこまでも面倒臭い。
俺なんかのこと放っておいて、あの清楚なお嬢さんのところにでもさっさと行ってしまえばいいのに。
…自分で考えた癖に何だかイライラするのは何故だろう。


ぐっと腕を引かれて、俺よりも少ししっかりとした胸の中に体を抑え込められた。
傍から見てもここから見ても抱き締められているとしか見えない光景。
冗談じゃないと離れようと腕を突っ張ろうとしても完全に動きを塞がれてどうしようもなくなる。
こんな所をおしゃべりな誰かに見られたら半日もせずとして全員がこの事を知る事になりかねない。
嗚呼、そんなの、嫌…だ?


(何を言ってる?自分で言ったんだろう、自分には恋だの愛だのは必要無いって!)


「…っ、離せよユーリ!俺サマにこんな事するなんておかしくなったじゃねーの…っ?」


無理矢理自分の想いをかき消して思ってもいない言葉を吐く。
こうでもしないと本当におかしなことを口走ってしまいそうだから。
こんな些細な事で俺の全てが狂ってしまうなんてごめんだ。
大切なものなんて作ってそれが自分の元から消えてしまった時、立ち直れる自信なんて一欠けらもない。
だから最初からそんなものいらない。作らない。そう決めたのに。


「お前があまりにも分からず屋すぎておかしくなったんだよ。もっと段取り踏むつもりだったのにお陰で滅茶苦茶だ」


少し冷静を欠いた様な口調に自分の心臓がざわついたのが手に取る様に分かった。                                                         
こいつの言葉は真実?演技?
人間はすぐに嘘をつくし騙しもするからその言葉の一つだって簡単に信じてはいけない。
なあユーリ、そうだろ?


その筈なのに心が簡単にグラついてしまうのは俺が弱いからだろう。
でもその弱さにつけ込まれるのは気に食わないし御免だ。
こいつの言葉を、行動を、信じるべきか否かいつもみたいに見定めれば良いだけの話なのにそれすら出来ない。


(この温かさが、思考を奪う!)


「馬鹿だねユーリ君…、俺サマなんかにそんな事言うと後悔するって決まってるのに」


自傷的な言葉は自身の胸すら貫くようで、痛い。
でもやっぱりこいつがこれ以上おかしなことをする前に釘を刺しておかなければならないのだ。
俺に関わっても良い事なんて無い。
俺は誰かを愛するのが下手だから、きっと日溜まりには並べないのだと。


全て分かり切った事の筈なのに、不意に頬を伝ったのは冷たくてでもどこか温かいもの。
それは俺ではなくユーリの服にジワリと滲む。
俺は今抱き締められているのだからそうなるのは当たり前の事なのにどうにも恥ずかしくて離せと訴えれば、いいから、と阻止される。
なあその優しさは本物?それとも唯の戯言なのか?


「ゼロス大丈夫だ、俺はお前として後悔した事なんて一度もない。幸せなんだよ」


風が舞って俺の涙を攫っていく。
俺はお前に対して優しい言葉の一つだって掛けてやった事ないというのに、どうしてお前はいつも欲しい言葉をくれるんだろう。
そんな事をされたら人を疑う事が出来なくなる、愛を甘受してしまいそうになる。
駄目だと分かってるのに、嗚呼どうして?


「好きだよゼロス。…愛してるって言った方が良いか?」


投げ掛けられたのは、一番聞きたくて聞きたくない言葉。
耳を塞ぐにも体はしっかりと抱き締められているしどうしてか抵抗する気も出なくてただただその言葉を聞く。
愛してるだなんて無縁のものだとばかり思っていた。
だってこんなにも汚ない考えの自分を一体誰が愛するって言うんだよ。
そんなの絶対に有り得ないだろう?


そうだ、ならいつものように適当に受け流せば良い。
へらへらと笑って誤魔化せば良いだけのこと。
それをしないのは心のどこかにこいつを望んでいる心があるという事じゃないのか。


終着点の無い想いを、ぐるぐると張り巡らす。


「俺サマは、…愛なんて知らない」


「なら俺が教えてやるよ。愛する事も愛される事も、全部な」


その言葉と共に降ってきたのは、額への甘いキス。
それはまるで少し前の日溜まりの二人を連想させる優しくて幸せなキスに似ていてドキリをした。


確かに恋をして傷つく時だってあるし、消えてしまう時があるかもしれない。
でもそれだけが全てじゃないのではないかと考えてしまうのはとても調子の良いことだけれど、今はそう思わずにはいられない。
自分の心は知らないうちにユーリに傾いていて今すぐにでもそ縋ってしまいそうなのに我慢するなんて出来ないんだ。
愛していると、確かに言った。
あの声に揺るぎなんてものは感じなかったし戯言めいたものも無かっただろう。


変わるなら今しかないのだ。


でも、これでもし駄目だったのなら今度こそ俺は何も信じなくなる。
愛も人も、それを信じてしまった自分自身も。
一歩を踏み出す代償はあまりにも大きくて何にも変えられそうにはないけれど、だからこそ悪くないと思うのだ。
恋に生きるなんて一番らしくない生き方だけどそれも良いんじゃないか。


「…ユーリ」


柄にもなく弱気になってしまいそうになるのを抑え込み、震える手を必死に握り込む。
この一言で全てが変わってしまうのだと思うと今になって怖くなるなんて、小心者もいい所だ。


嗚呼そうか俺は愛がいらなかったわけじゃない。
愛して愛されたことによって世界の見え方が変わるのが怖かったんだ。


「怖がるな、躊躇うな。俺はずっとお前の傍にいるから」


握りしめた手を不意に握りしめられる。
ゆっくりと指の緊張が解かれていくのが分かり、心が落ち着いていく。
不思議だ。こいつに言われたり触られたりすると不安な事が全て消えていってしまう。
その時俺の脳裏に過ぎったのは、日溜まりの中で寄り添う俺とこいつの姿だった。


(嗚呼ユーリ、俺もお前と日溜まりの道を歩きたいよ)


「絶対だ。ずっと傍いろ、俺から離れるな。何があっても、だ…っ」


皺が付きそうなほど強く黒の上着を握り子供の様に訴える。
でも今は想いが理性よりも強くて気にしてなんていられないのだ。
離れたくない。傍にいて欲しい。もっとたくさん触れて欲しい。


「ユーリが、好き」


「…遅せえよ、馬鹿。愛してる」


嗚呼やっぱりユーリは、俺にとっての魔法みたいだ。
甘くて少し塩っぱいキスを受け入れながら、ぼんやりとそんな事を考えた。


(ああじゃあこれは、愛の魔法だね)


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