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□滴り落ちる涙は悲しみではなく
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どうして、殺したの。何もしていないのに。許さない。許さない!


「…………っ」


思わず飛び起きて辺りを見渡す。
気持ちの悪いくらいに静かで、誰もいないかのような真っ暗な広い部屋が余計に恐怖を煽るかのようで。
じっとりと汗を掻いていて服が肌にくっ付いてくるのが少し不快。


許さない、その恨みや悲しみに満ちた大勢の人間の声が脳内にぐるぐると渦巻く。
声の主が誰のものなのかは分からないけれど確かなのは僕がその命を奪ったということ。
それは変えようの無い現実で消える事の無い罪。
ゼロスやセレスと一緒に生きるなんて許さないとでも言っているかのような、強い意志の様なもの。


(これが、生き抜いたという事なのかな…)


浅く息を吐いて物音を立てない様にベッドから出て一階へと下りていく。
ゼロスやセレスは寝ているだろうし使用人達も既に自室に戻っている為、リビングにも誰もいない。
多分今の僕は相当酷い顔をしているだろうからそれは好都合だけど。


誰もいないキッチンへと足を進めて水を一口飲む。
それをしたからと言っても僕への恨みが消える訳じゃないけれど、少しだけ気分が軽くなった。
ピチョン、と水滴の落ちる音。
急に暗闇が怖く感じてもう一口だけ水を飲んで早足で二階の自室へと向かう。


(嗚呼これ位の闇が怖く感じるだなんて…)


下を向いて歩いていた僕は柔らかい何かにぶつかって二、三歩後ろによろめいた。
何事かと上を向けば、黒の毛糸の服に身を包んだ赤毛の長髪の姿。
この家でその容姿をしているのは一人だけ。


「………ゼロス」


自室を出る時に時計を見た時、午前3時を指していた。
いくらこいつだと言っても既に寝ていると思っていたのに起きていたのだろうか。
もしかしたら僕が起こしてしまたのかもしれないと謝罪をすれば、にっこりとゼロスは微笑んだ。


ここで生活していて気付いたのは、こいつが意外と優しい笑顔をするということ。
憎い筈の僕に従うくらい大切にしていたセレスに向けられるのは分かるけれど、どうして僕にまで向けてくれるのだろうか。
笑顔だけじゃない。言葉も行動も、優しすぎる。
これから僕がゼロスにとって重荷になるかもしれないと分かっている筈なのに。


眠れないのか、と言う質問に少し考えてから僕は頷いた。
ゼロスに嘘を言ってもすぐに見抜かれてしまうというのもここで生活していて気付いた事の一つだ。
何を言っても見抜かれてもっと優しくされるなんて、本当に子供みたいで恥ずかしいもの。


軽く背中を押されてゼロスの自室へと入れられる。
流石に驚いて抵抗するけれど、それも無駄。
今の僕はこいつよりもずっと力も弱いし背も低い、所詮、こいつにとったら普通の子供と変わらない。


不意に抱き抱えられたかと思えば、ポスンとベッドへ下ろされた。
僕が抗議の声を上げる前にばさりと白い布が被さってきて半ば無理矢理寝る体勢へと持っていかれる。
こいつは基本的に優しいけれど、こういう時は強引なのだ。
でもそれを嫌と思わない辺り僕は大分この環境を甘受しているのかもしれない。


そして、当たり前の様に同じベッドへと入ってくるゼロス。


「………っ?!な、何してるの?」


「何って、寝るに決まってんでしょ?俺サマだって眠たいんだよ」


なら部屋に戻るよ、と体を起こそうとすれば腕を掴まれてベッドへと逆戻り。
添い寝だなんてこいつどこまで僕の事信じてるの?
もしまだ僕に人間への恨みが消えていなかったら寝ている隙を狙ってお前を殺そうとするかもしれないのに。
そう言えば、きょとんとした表情で僕を見てくるゼロス。
それを見てほんの少しだけやり返した気分だったのに次の一言で今度は僕が目を見開く事になった。


「魘されて眠れないミトスちゃんが、そんな事するわけ無いだろ?」


何で知ってるんだと言う疑問よりも驚きの方が勝っていて言葉に出来ずに飲み込む。
そんな僕を見てゼロスはしてやったりな笑顔で僕の体を抱き締めた。
涙が零れそうになるのを必死に堪える。


大丈夫、その静かだけれど確かな声音がじわじわと胸に響いていく。
駄目だ駄目。僕には泣くなんて許されない。
だってこれは自業自得なのだから、この優しさに甘えてはいけないんだ。
僕に殺されて言った人間達は泣く事も出来ずにその命を落としていったのだから、僕だって。


震える体を安心させる様に包み込む大人の手。
ここまで涙腺は弱くなかった筈なのにこいつといるとどうにも自分が女々しく感じてならない。


「大丈夫、大丈夫」


僕の顔があるのは丁度ゼロスの心臓近くで、その冷静な鼓動が心地良く感じる。
抱き締められた体が温かくて冷えていた足先が熱くなっていく。
不意に頬まで温かくなったのは僕の瞳から溢れ出たものの所為だろう。


一度溢れ出したそれは止める事なんて出来なくて、清潔なシーツと高そうな服を湿らしていく。
嗚呼情けないな、こんな弱い心じゃ生きてなんていけないのに。
分かっていながらいつもこの手に頼ってしまう。


「ごめんね、ゼロス」


何に対しての謝罪なのか分からないけれどそう言わずにはいられなかった。
謝るくらいなら最初からしなければいいだろうと責められるかもしれない。
そんな思いが脳裏を過ぎったけれど、囁かれた言葉は僕の予想とはかけ離れたもの。


「………有り難う、だろ?」


ぽとりの一粒、シーツを濡らして僕は誰にも聞こえないくらいの声でその言葉を呟いた。


(罪と向き合う、勇気をくれた)



thanks! Canaletto

罪を懺悔するだけじゃないよ。


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