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□The end of the world of boys and girls.
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私とゼロスにとっての当たり前は他の皆とは少しだけ、ううん、とても違うのかもしれない。
綺麗なお化粧でもしているかのように本音を隠し続けるのは辛い事だと思われるかな?
でも、そうじゃないの。


私達が笑顔でいる事で皆が安心出来るのならこの下手なお芝居も楽しい演劇みたいに感じれるんだよ。
これでいいの、毎日が楽しく過ごせるならそれ以上何もいらないから。
それに、どれだけ辛くても私にはゼロスがいるしゼロスには私がいるから大丈夫。


これが、私達の精一杯の幸せ。


そうだよねと尋ねれば私よりも綺麗な笑顔でゼロスはもちろんと返事をしてくれた。
もしかしたら今以上の幸せを望んでいるのかもしれないけれど、優しい彼は決まってこう答えてくれる。
だからこれでいいの。


高望みなんて、しないよ。


「あの、コレット」


小麦を3つ下さいという初級な任務を早々に達成し皆の元へと戻っている最中に、私に声をかけてきたのは同じ任務を請け負った少女。
二人だけしかいないのにどうしてそんなに改まって呼ぶのだろうと不思議に思いながらなあに、と笑いかける。
桃色の綺麗に切り揃えられたショートヘアを揺らす可愛らしいこの子の名前はエステル。
言葉遣いも丁寧で物腰が柔らかくて、ふわりと微笑む笑顔が同性である私ですらうっとりしてしまう事があるくらい魅力的で。
嗚呼、私もこんな子になりたかったなんて考えが浮かび、心の中で苦笑する。


私は私、エステルはエステルなのにね。


言葉を選ぶように何度も口を開くのを躊躇い胸の前でぎゅっと手を握った。
どうしたんだろう、私相手にここまで緊張する人なんてはっきり言って珍しい。
天然でドジ、それが皆の中のコレット・ブルーネルの筈なのに、嗚呼おかしいな。


「私が貴方達…コレットとゼロスに出来ることは、何かないです?」


その言葉が理解出来なかった、エステルの言う自分に出来る事というのがどういう意味なのか分からない。
どこまでの深い意味があるの嗚呼それともそんなもの無いの、どうして、そんな事聞くの?
じわりじわりと背中に熱が溜まり自分の表情があからさまではいとはいえ、強張っていくのを意識してしまう。
だってまさか、出会ってそれ程日が経ってないエステルにこんな事聞かれるなんて思わなかったもの。


それに、日が浅くても関係ない、誰も私達の本当に気付く人なんていなかったから。


どうにか冷静を保ちながら、私達は何も困っていないよ、と早口で伝えれば少し苦痛に歪む綺麗な顔。
本当なんだよ。私達は他の人とは少し価値観が違うだけでちゃんと幸せを感じているんだよ。
困っている事も無いし悩んでもない、だからエステルがそんな悲しい顔をする必要はないの。


ぽつりと、言葉が投げ掛けられる。


「…違ってたらごめんなさい。でも私には、二人がとても不安定なところにいるように見えてしょうがないんです」


嗚呼きっと人の心が分かる子っていうのはエステルみたいな子を指すんだと思う。
他の皆は私達の事を見ても明るいとか神子らしくないとか、そんな事を言うだけでその奥に踏み込んでくる人はいなかった。
そう見える様に演じてるんだから、もちろんそれでいいのだけれど、少しだけ悲しい時もあったのも事実。
矛盾してるけどそう思ってしまうの。


でもどうしてだろう、いざエステルにそう言われるとどうして気付いちゃったのって胸が苦しくなる。
やっぱり誰かが私達の事で今のエステルみたいに悲しそうで辛そうな表情をするのが嫌なんだと思う。
だって彼女に似合うのは泣き顔なんかじゃなくてキラキラとした笑顔なんだもの。
お願いだから、私達の為に泣かないで。
私達の為に笑う事を止めないで。


私が触れて良いのか少し躊躇しながらも、俯いてるエステルに近づきその白い頬にそっと触れる。
驚いた様に顔を上げた彼女の表情は今にも泣きそうなくらいに歪んでいて見ていて辛い。
嗚呼どうしてそんなに優しいの、どうして沢山の感情を与えてくれるの?
私はあなたに何にもあげる事が出来ないのに、どうして。


声が震えて言葉を上手く紡げない。


「エステル、泣かないで。私達はだいじょぶだから、ね?」


「コレット…」


ふわりと抱きしめられたのと同時に微かに花の香りがして、私の心を落ち着かせてくれた。
それはエステルに良く似合う、優しい香り。
あまりにも温かい抱擁に思わず涙腺が緩みそうになって、とても泣きたくなる。
歪む視界。震える唇。彷徨う手。泣いちゃ駄目だよ、私。
今までだって泣きたい事はたくさんあったけれど乗り越えてきたんだから、ここで泣いちゃ駄目。


私達の運命に、誰かを巻き込んだらいけないんだよ?


「コレット、私は二人が大好きです。だから、二人にも笑っていて欲しいんです」


頑なな私の心を溶かす様に紡がれた言葉に、一粒の涙が零れた。
魔法の様に私の中に染み込んでいく声はどこまでも綺麗で砂糖菓子のように甘いの。
この優しさに這ってはいけないと分かっている筈のにもう手を伸ばさずにはいられなかった。


「エス、テル…。ちょっとだけ泣いてもいいかな…?」


「ええ、もちろんです」


さっきよりも強く抱き締められた事が何だか受け入れられた様で嬉しくて、ありがとうと呟いた。
そこからの記憶はとても恥ずかしいもの。
今まで溜め込んできたものを吐き出す様に涙を流し続けて、エステルの可愛らしい服には大きな水溜まり。
でも、涙を流すたびに可笑しな強がりや隠していた寂しさが消えていくようで心が軽くなっていく。


泣き終わって冷静になれば私は恥ずかしくて笑うことしか出来ないのだけれど、そんな私を見るエステルの目がとても柔らかくて心がくすぐったくなるのを感じた。
嗚呼きっと、これが幸せというものなんだろうね。


(でも、私だけ幸せを知っても意味無いんだ)


皆のところへ帰って私は真っ直ぐにある場所に向かった。
コンコンとその部屋をノックすれば、どうぞという声が聞こえてきて少し緊張しながらドアノブを捻る。
不安、なのかもしれない。一人で勝手に幸せに浸って変わろうとしている私を彼が受け入れてくれるか。
何をするにしても私の一番は彼。
だから、いくら自分が変われても、彼と一緒じゃないと幸せになんてなれない。


おずおずと部屋に入る私に、窓際で立っていた彼はゆっくりと振り返った。
一心同一の筈の彼が遠く感じるのはやっぱりとても物悲しい。
もしこの変化を拒まれるなら、私は。


「おかえり、コレットちゃん」


「…うん、ゼロス、ただいま」


不意に私の顔を見て彼、ゼロスが笑った。
それはいつものお芝居の顔じゃなくて、人が自然とする「微笑み」そのもの。
ゼロスは私と二人だけの時でもお芝居を止めようとしなかったからその笑顔に素直に驚いた。
ポカンとしている私に、にっこりと話しかけてくるゼロス。


「ふっ切った顔してるな、コレットちゃん」


「……エステルがね、大事なこと教えてくれたの。だから、あのね…」


私、変わりたい、そのたった一言が喉につっかえて出てきてくれない。
心が嫌われる事を拒んでいる、嗚呼私はこんなにも臆病で弱虫だったんだ。
きゅうと服を握って言葉を濁す私の背中を押す様に降ってきたゼロスの声。


「…その大事なこと、俺サマには教えてくれないの?」


その言葉に思わず顔を上げて青い瞳を見つめれば、まるでこうなる事が分かっていたかのように微笑むゼロス。
嗚呼やっぱり私を一番に理解しているのは彼なんだと改めて実感する。
やっぱり私はゼロスと一緒が良い。


「ううん、私、ゼロスにも知って欲しいの。あのね、」


心から誰かを想って紡ぐ言葉はとても素敵なものなの。
私達は、人の素敵なところを見ようとしていなかったのかもしれないね。


まるで小さな子供が内緒話をするように、耳に手をあてて言葉を伝える。
随分と長い間、間違った幸せを感じていたけれど、彼女のおかげで気付く事が出来た。

時間は掛かるかもしれないけれど、私達はまだ始まったばかり。
だからこれからたくさんのものを見て、聞いて、感じていけばいいんじゃないかな。
いつか、私達は幸せなのだと胸を張って言えるその時まで。
お芝居の時間は、もう終わりだね。






The end of the world of boys and girls.
    








thanks!  人魚


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