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□そしていつかを誓う僕
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「はい、ジーニアス。宿題よ」


宿屋に入って解散する前、そう姉さんから手渡されたのはいつもの問題集ではなく数枚の原稿用紙。
その意味が分からなくて首を傾げると姉さんはにっこりと笑い、今日は趣向を変えて見たのよ、と楽しそうに笑う。
何を書けばいいの?そう尋ねれば一層良い笑顔になって僕にこう言った。


「あなたがこの先してみたい事を書いて欲しいの。どんな些細な事でも良いわ」


勉強するものもちろん大切だけれど将来を考えるというのも今のあなたにとって重要だと思うのよ、そう付け加えて姉さんは自分の部屋に向かってしまう。
残されたのは僕自身とその原稿用紙だけ。
どうしたものかと小さく溜め息をついたけれど、宿屋のロビーにいつまでも居る訳にもいかず、結局その難問になるであろう宿題を部屋に持ち帰った。


一番端っこの角部屋、そこが今日僕と相部屋であるロイドがお世話になるところ。
先に行ったロイドが待っているだろうと(一人きりの部屋って結構寂しいと思うんだよね)急いでドアノブを回してドアを開けた。
ごめんロイド、そう一応の謝罪をしようと口を開けた瞬間、僕の耳に予想外の声音が響く。


「遅いじゃねーのよがきんちょ」


がきんちょ、だって?
嫌だなあ。ロイドってばいつの間にそんな趣味の悪い呼び方覚えてきたの。止めた方が良いよ、それじゃあまるであのアホ神子みたいだもん。
あ、もしかして僕で遊んでるの?ロイドってば僕より子供なところ、あるもんね。
でもその呼び方は結構イラッと来るから止めて欲しいな、ねえ、ロイド…。


「…………………ゼロス」


ベッドに座り、ブラブラと床に触れるかどうかのところで足を揺らしながら僕に話しかけてきたのは同室であるロイドではなく、嫌みな笑顔の、ゼロス。
何であんたがここにいるんだよ、そう目で訴えれば目敏くそれを読み取ったのかふふん、と得意そうな顔をした。
ムカつく。僕の勘に障る事を分かっててこういう反応をしてきているのを分かっているから尚更ムカつく。
僕を馬鹿にするもの良いけどさ、あんただって偶にすごい分かりやすいの知ってる?そう言いたいのを必死に呑み込みグッと堪える。


どうして言わないのか。それも知ってるからだよ。
自分の本心が少しでも他人に知られるのを極端に怖がってるだろうゼロスに、こんな事を言えばきっと雰囲気が悪くなる。
そんなの御免。自分から空気を悪くするつもりなんて僕にはないから。


もちろんこのままゼロスの不安を見て見ぬ振りをするつもりなんてないよ。
でも、まだ僕にはどうしたらこいつを救えるのか分からないから、もう少したくさんの事を知りたいんだ。
ゼロスの傍にいて、ずっとずっと守ってあげたい。


「ロイド君てばリフィル先生の宿題随分溜め込んでたらしくてさ〜。今日はサボらない様にリーガルの旦那が監視役として急遽ロイド君と相部屋になったわけ」


ロ、ロイドの馬鹿…!
どうにも宿題してる姿を見ないと思ってたら、ただサボってただけなんて…、もう!おかげで良い迷惑だよ…っ。
確かに僕は何だかんだでロイドに弱いし、ゼロスの場合フラフラと外に遊びに行くかもしれないからこういう部屋割になるのは仕方ないのかもしれないけど…。
もう、馬鹿ロイド。


「…分かったよ、でも、僕だって宿題があるんだから邪魔しないでよねっ」


人差し指をゼロスに向けてそう言い放ち、僕は姉さんから手渡されたばかりの原稿用紙を机の上に広げた。
この先してみたい事を書く。簡単そうだけど、いざ考えてみたら意外と何も思いつかない。
もしかしたら今までの宿題の中で一番難しいかもしれない、咄嗟に僕はそう思った。
今までしてきた問題集で使った読解も公式も、今回の宿題には使わないのに、どうしてこんなにも苦戦するんだろう。
これはちょっと難しいよ、姉さん。


ずしりと背中に重みが掛かり体が少し前のめりになる。
この重さが何なのかなんて僕には分かり切っているから、わざとらしく大きく溜め息をついて後ろを振り向く事無く、重い、と非難した。
少し動いたからか、ふわりと赤毛が僕の頬に触れて少しこしょばい。こしょばくて、でも何だか落ち着く。
どうやら背中の重みに退く気はさらさら無いらしく、ぎゅっと僕に抱きついて来た。
僕の事、ロイドだと勘違いしてるんじゃない?


「何だこれ、作文?読書感想文か?」


「違うよ。……何でもいいから、僕がこの先やりたい事を書くのが宿題なんだ」


ふーん、と興味があるのか無いのか良く分からない返事をしてゼロスは僕の頭に自分の頭を乗せてきた。
今気付いたけれどなんだか良い香りがする。こいつの香水だと思うけど、何と言うか意外だな。もっとキツイのつけると思ってたのに。
ぼんやりとそんな事を考えていると、不意に上からで、何書くんだよ、と楽しそうな声がする。他人事だと思ってさ。


それを考えてるんだから邪魔しないでよ、と僕の首に回してくる手を抓れば痛そうに声を上げた。
でもその癖離れようとしないのがゼロスらしいっちゃゼロスらしいのかもしれない。…離れない手が嬉しいと思う僕は、全然らしくないけどね。


嗚呼それにしても何を書けばいいんだろう。
そう言えば、今まで今を生きるのに精一杯でこの先なんて考えた事無かったかもしれない。
それに考えたとしても、ハーフエルフである僕には差別されながら生きる未来しかないと思っていたから良い方には考えられなかっただろうし。
もちろん今だってこの先もそういう扱いを受けるとは思ってる。でも、ロイドや皆がいてくれるから、少しは明るく考えられる様になったつもりでいるんだ。
だから偶に、皆が再生の旅が終わって皆と離れ離れになったらどうしようだなんて後ろ向きな事ばかり頭に浮かんでしまう。
いつまでも誰かに頼ってるなんて出来ないのにね。


(ゼロスは、どうするんだろう)


不意に思ったのは僕の首に腕を回しながら鼻歌を歌っている男のこと。
悔しいけれどこいつは僕よりもずっと大人で経済力もあって今までもちゃんと自分の力で生き抜いてきている。
旅が終わったら日常に戻る、それだけの事なのかもしれないと考えると何だか少し、ほんの少しだけ寂しくなるんだ。
僕がいなくてもこいつにとっては何にも困る事が無い。そう、言われているようで。
確かにゼロスにとって僕はただの口煩いがきんちょだけなのかもしれない、それを否定出来ないから、余計に怖いんだ。


だって、確実に僕の中でゼロス・ワイルダーという男の存在はかけがえのないものになってきているから。
一方的な想いを抱くは結構寂しい。どれだけ想っても報われる事なくて、自分一人だけがその人の事を想い続けて囚われる。
それはとても、怖いと思う。


「ねえゼロス、あんたにとって、僕は何?」


自分でも突拍子の無い質問だなと思った。でも、不安で押し潰されそうで、聞かずにはいられないんだよ。
望んでいない答えが返ってきたとしても今のうちにそれを分かっていれば少しは心の整理が出来ると思うしね。
心臓がうるさい程に脈打つ。今更馬鹿な事をしたかもしれないと思い始めた。僕は、自分で自分の首を絞めたのではないだろうか。


嗚呼、いつもなら適当にあしらってくる癖にどうして今に限って何も答えようとしないんだよ。
そんなにも答え方に困る事なの?ただいつもみたいに煩い奴、で済ませば良いだけの話だろ。
何か答えてよ。ねえ、ゼロス!


「………失いたくない、日溜まり、かね」


「…………え」


それはあまりにも予想外な言葉。
思わず生返事をして後ろを振り返ると、普段のこいつからは想像出来ないくらい切ない笑顔をしていた。
それは聞いてはいけいなかった事なのだとその時理解して、激しく後悔する。
僕はあんたにそんな表情をさせたくて言った訳じゃないのに。ただ、知りたかったんだよ。嗚呼!こんなの、卑怯だ。


ゼロスが僕にくっついているのおかげでそれはとても簡単だった。ほんの少し、僕が顔を上げれば良いだけ。
それだけで簡単に唇と唇が重なって、ゼロスの温かさが僕に伝わってくる。
僕にとってキスはこれが生まれて初めてだけどそんなの気にしていられなかったんだ。
少しでも早くこいつに自分の気持ちを伝えないと、僕がゼロスを失ってしまいそうな気がしたから。嫌な勘は当たるんだ。そんなの御免だからね。


自分の唇に手を当ててほんのりと頬を赤く染めて女の子みたいな反応をする姿は、いつもの憎たらしさが消えてしまったかの様に可愛い。
好きな人の二面性を垣間見せられて平気でいれるほど僕はまだ大人じゃなくて、つい視線を逸らしてしまった。
ずるい、こんなところ見せられて宿題なんてもう出来る訳ないじゃない!


不意にゼロスの手が僕の手と重なって、ペンを握る形になる。
何をするんだろう、そう思う間もなくさらさらとゼロスは僕の手を使いながら文字を書き始めた。


(ジー、ニア、ス…セ、イジは…え、僕?)


書こうとしている事が分からなくて首を傾げながら文字の列に目を通していき、全ての文を書き終えたところで僕の顔は赤く染まった。


(ジーニアス・セイジは、ゼロス・ワイルダーを一生愛して守り続けます)


い、一生愛してって…嗚呼、これじゃあプロポーズみたいじゃない!何考えてるんだよアホ神子!
そう言ってやりたいのに言葉として出てこないのがどうしてなのか、そんなの考えなくても分かってしまう。
僕自身の心も、こうなる事を望んでいるんだ。


「…俺さまの唇を奪ったんだ、ちゃんと責任とってもらう。これがお前のこれから、だろ?」


「はいはい。本当、子供だよね」


僕は込み上げてくる可笑しさを堪えながら、後ろで喚いているゼロスにもう一度唇を重ねた。
だってそうでだろう?紙に書かないと不安でしょうがないなんて、まだまだゼロスも子供ってことだよ。


(こんな事しなくったって、僕はあんたが好きだし、守るのにさ)


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