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□堕落する言の葉たち
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※少し痛い表現有り。ユーリさんが少し後ろ向き。






「嫌い」とあいつに言われた事は思いの外俺の心にぶすりと刃物の様に突き刺さりなかなか痛みが引いてくれない。
痛い。これほどまでに俺があいつを好いていた事実にも驚いたがそれ以上に些細な言葉でこんなにも心臓が圧迫されそうになるだなんて思ってもみなかった。


自慢にはならないが、恨まれる事に長けている俺はその言葉以上に辛辣な言葉を幾度となく浴びせられている。
そんな俺が子供でも耐える事の出来るだろう言葉に狼狽えるだなんて、俺をよく知っている奴ならさぞかし驚くだろうな。
嗚呼その吃驚している表情はきっと見物だろうから是非拝んでみたい。


その言葉から数日後、つまり今日、突然俺の部屋を訪ねてきたあいつに素直に驚いていると(きっとこの時の俺の顔はかなり間抜けだったに違いない)ばつが悪そうに眉を下げて小さく小さく「ごめん」と言った。
投げ掛けられた言葉を上手く理解する事が出来なくて首を傾げそうになるのを必死に抑えもう一度頭の中でその言葉を繰り返す。
こいつはごめん、とそう俺に言ったのか?何故?嫌い、な俺に何を謝る必要があるのだろう。
嫌いなら放っておけばいいのに(自分でそれを繰り返す度に心臓がきりきりと悲鳴を上げている事に俺は気付いていない振りをするんだ)


何であんたが謝るんだと出来るだけ平然を装い少し高くなる声を抑えてそう問えば、苦虫を噛み潰した様な表情をして下を向きながら喋り始めた。
こいつの話によると、どうやら数日前のあの言葉をこいつが俺に発したのを偶然にも目撃していた奴がいるらしく、そいつはその言葉を受けた俺の表情までご丁寧に見ていたらしい。
俺とこいつが離れてすぐにこいつを引き留めて言ったそうだ。
嫌いという言葉はお前が想像している以上に言われたら苦しくて辛くて悲しいのだと。


そこまでそいつに気を使って貰わなければならない程に俺の表情には居たたまれないものがあったのだろうか。
でも確かに少しだけ心が痛いと感じたのをまだ心臓が覚えている。でもそれは俺が勝手にそうなっただけで、わざわざこいつが謝るようなことではないだろう?
なあ、だから頼むからそんな泣きそうな顔はしないでくれ。


嗚呼こんな事になるのなら、「好き」だなんて言わなければ良かったのかもしれない。
こいつが苦しくなるのなら、俺の想いなんて伝わらないままの方が良かったんだ。
でも今更無かった事に出来る筈が無くて俺には何も言葉が出ない。こんな時にこそ、何か言葉が必要だというのに嗚呼俺は何て勝手で卑怯なのだろう!


でも、とうなだれる俺を余所にこいつは言葉を続ける。あいつに言われて良かった。じゃないと、ずっとあんたに誤解されたままになるから。
誤解、と単語に疑問を覚えて呟けばいよいよ顔を赤くして噴火でもしそうなほどになる。
気付かなかったけれどいつの間にかこいつは俺の服をしっかりと握っていて力の入れすぎで爪の先が薄く赤に染まっている。(今のこいつは黒のタンクトップにズボン姿で、いつものピンクの上着とグローブはしていない)


こんな必死そうな姿を見るのは初めてで何故か俺まで緊張してきた。
今日のこいつはどこか落ち着かなくて何か言うと泣いてしまいそうな感じでどう対処すればいいのか分からない。
もうこれ以上こいつを傷つける言葉を言いたくない。こんな俺は臆病者以外の何者でもないだろう。


「好き、なんだ本当は」不意にその言葉が耳に届く。また俺は気持ちを口にしまったのか、いや、俺は決して言葉を発していない。
嗚呼なら誰が誰にこの言葉を伝えたのか何て考えるまでもない、ただ臆病な俺の心がその事実を真実だと受け止める純粋さに欠けているだけ。
本当にこいつは俺をそう思っているのか、俺に同情してるだけじゃないのか。


どくん、どくんと心臓が高まり冷静を装う体はいまにも爆発でもしてしまうんじゃないかと言うぐらいに熱くなっている。
間違っても傷つけてしまわないように繊細なガラス細工を扱うぐらいにゆっくりと出来るだけ優しく手を伸ばす。
俺みたいな奴がこいつに触れてもいいのだろうかと不安がよぎったがそれよりも触れたいという想いの方が強くて手を止める事が出来ない。
また俺は勝手な想いで動いてしまう。でもやっぱり、お前が愛おしくてたまらないんだ。


ふわふわと揺れる気持ち良い赤毛に少し触れる。
これだけでもう十分だと離れようとすれば、腕を引かれて体制を崩し前のめりの様な体制へとなり、首に思い切り抱きつかれる。
倒れそうになりながらもこいつに怪我をさせるなんて絶対にごめんだと両手を腰に回してどうにかバランスを戻した。


魔物相手の時には滅多に出ない汗が額をじわりと伝う。
危ないだろ、思わず怒鳴るようにそう言えば全く堪えていなそうにへらりと微笑まれて怒る気も失せてしまう。どうして俺はこんなにもこいつに弱いのだろう。
考えたって結論なんか一つしか出ないと分かっているけれど、それでも考えようとする程に俺はこいつが好きでたまらないんだ。


小さく小さくこいつの名前を口にすれば、確かに反応する瞳がたまらなく嬉しくて愛おしくてまた抱きしめたくなる。
なあ、俺はお前を望んでもいいのか?お前の言葉を本心だと受け取って自惚れてもいいのか?
ぎゅう、と俺の腕を掴まえてくるその手がまるでそれを許すと言っているように見えてくるなんてご都合主義も良いところだ。


「好きなんだ、好きなんだよ…」恥ずかしがっているというよりも苦しげに聞こえるそれに俺の心臓はいよいよ爆発してしまいそうで必死に抱きついてくるそいつを遠慮無しに抱き締める。
俺は何を心配しているのだろう、こいつはこんなにも俺を想って必死になってくれているというのに。
今俺がするべき事は一つしかないのに、自分自身がずっとそうする事を望んでいた筈なのに、いざとなったら怖じ気付いてしまうなんて情けない。
小さく名前を呼べば、少し緊張しながらも目に涙を溜めながら確かに優しく微笑んで俺のしようとしている事を察したのか静かに目を閉じた。


触れ合ったそれはこいつが流した涙で少ししょっぱくてでもそれ以上に甘い。それはきっと普段口にしている生クリーム入りのクレープ以上だろう。
不意に俺の瞳から零れたそれは一瞬だけ冷たく、そしてすぐに温かく頬を伝っていく。涙を流すなんていつぶりだろうか、そんな事を考えながら何度も唇を重ねた。


「愛してる」


先にそう言ったのは、どちらだったか。



thanks! wizzy


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