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□僕にとっては奇跡のような
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その知らせは僕の心に良い意味でも悪い意味でも十分な動揺を与えた。
朝食を食べている途中ふと思い出したかのようにゼロスが僕に伝えてきたのは、今日ここにジーニアスが来るということ。


ジーニアス、僕をずっと友達だと、親友だと言い続けてくれた優しい同族。
こうして命を繋いでるとは言え結果的に僕はジーニアスを裏切って苦しませてしまったのだ、きっと彼は僕を恨んでいるだろうし、会いたくなんてないだろう。
僕は部屋に居ても良い?情けない位の小声でそう言えばゼロスは食事をする手を止めて駄目だ、とやけに強く言い切った。


「あのな、がきんちょはお前に会う為にここに来るんだぜ?お前が部屋に閉じこもってたらあいつが悲しむだろ」


「……ジーニアスはきっと僕を恨んでるよ。悲しむ訳がない」


ゼロスは何だかんだ言ってもジーニアスの事を弟の様に大事にしているのは、僕が普通のミトスとして接している時にも十分伝わってきていた。
だからこそ彼を悲しませるような事はさせたくないというのは分かるけれど今更どう接したらいいのかなんてわからないよ。
非難の声を浴びせられるだけならいくらだって受け止める覚悟は出来てるけれど、彼の口から嫌いだと拒絶の言葉を言われるのがとても怖いんだ。


言われて当然なのかもしれない、けれど、僕にとっての友達はジーニアス一人しかいないから。
壁に備え付けてある時計を見ると約束の時間までにはまだ十分な時間があるけれど、だからと言ってどうなるわけでなく緊張と不安だけが募っていく。


「俺さまちょっと教会に用があるから、俺さまが戻るよりも先にがきんちょが来たら適当に持て成しといてくれや」


その軽い言葉に口に入れたパンがのどに詰まりそうになる。
今日は何故かメイドやら執事を見かけないと思ったら、そういう事だったのか。(多分僕が彼等に助けを求められない様に全員に有給でも与えたんだろう)
おまけにセレスは少し前まで暮らしていたあの弧島の修道院に顔を出しに行っている為帰りはきっと遅いだろう。嗚呼、全部計算済みってことか。
何だかとても悔しくて、趣味悪いよ、とわざと棘のある言い方をすれば、何の事かなミトスちゃん、といつもの軽口でへらりとかわされてしまった。
食事を終えたゼロスはいつものピンクの上着を羽織っていそいそと出掛ける準備を始めて、僕の非難の声なんてまるで聞こえて居ないかのように玄関へと向かう。


「ミトス、大丈夫だ。ジーニアスはただお前を心配してるだけなんだよ」


大丈夫、は僕がここに来てからゼロスが良く使う言葉だ。
気休めにしかならない筈のその言葉が何度も僕の心を救ってきた、現に今だってこの一言で不安で押し潰されそうな心がほんの少し軽くなっていく。
どうしてとはもう聞かない。だっていつだってこいつは僕に生きて欲しいから、生きている喜びを知って欲しいからとしか言わないから。
うん、そう小さく返事をするとゼロスは僕の頭を軽く撫でて屋敷を出ていった。


(…………静かだ)


だだっ広い屋敷には僕以外は誰も居ない、誰も喋らない、誰も動かない、だから昼間だというのに物音一つ無くしんと静まり返っている。
嗚呼ここはこんなにも広かったんだとポスンとソファに腰掛けてぼんやりと辺りを見渡せば、視界に入るのはさっきゼロスが出ていったばかりのドア。
今ならここから出ていける、脳裏に浮かんだのはそんな事ではあと溜め息をついて目を瞑った。
今更出ていった所で僕の居場所は何処にあるというの、ううん、この居心地の良い場所から離れたくないだけなんだ。弱虫で、ご都合主義な僕。


ゼロスがあまりにも優しいから、セレスが無垢に微笑んでくれるから、僕は本当はこんな事許されない筈だと分かっていながらそれに甘え切ってここにいる。
ぼんやりと朝食の後片付けをしている間にもジーニアスがくる時間が刻一刻と迫ってきて時計を見る度に心臓が圧迫されそうだ。
どうしよう。本当にこのまま会ってしまっていいの?もし嫌いだと言われたら僕は平気でいられるの?
先に裏切ったのは僕だ。ううん、裏切ったのは僕だけ、ジーニアスはずっと僕を止めようと必死に頑張ってくれていた、僕の為に泣いてくれた。


(大丈夫)


出ていく寸前にゼロスが言った言葉が僕の脳裏を過ぎる。ねえ、本当に大丈夫なの、こんな僕をジーニアスはまだ友達だと言ってくれるの?
怖いんだ、嗚呼でも。


(会いたい)


許されるのならもう一度あの明るく無邪気な笑顔の彼に会いたい、彼が全てを知った今僕にあの出会った頃の笑顔を見せてくれるだなんて奇跡なのかもしれないけれど。
ごめんね、僕はまだこんなにも君に縋ろうとしている。君を一番傷付けたのは他ならぬ僕だというのに、ごめんね、ジーニアス。


コンコン、と屋敷に響く控えめなノック音。慌てて食器を片付けてリビングに向かえば確かにその音は玄関の方からで来客を僕に告げている。
どうしよう。ううん、出ないといけない、決めただろう、僕は逃げないんだ。自分の過去も罪も全部背負って生きていく。逃げたりしない。


ガチャリと鍵を開ける音が静かな屋敷に響いて、鈍い音を立てながらドアが開いていく。
そこにいたのはあの戦いの時から何も変わらない美しい銀髪に水色の服装のジーニアスその人。
第一声くらい考えていけばよかった、そう思ってももう遅い。どうしよう、何て言えば良い、脳内でぐるぐると考えてる僕を尻目に彼が口を開いた。


「…………ミトス」


その声はやっぱりあの頃の様な無邪気なものではなくてどこか緊張している様な、泣きそうな、そんな声。
ジーニアス、と思わず呟けば彼は下げていた顔を上げて勢い良く僕に抱きついて来た。


「ミトス、ミトス!うう、ミトスの馬鹿!」


その一言は僕が想像していたものではなく、優しさに満ちたあの頃と変わらない言葉だった。


(嗚呼まだ僕を、その声で呼んでくれるんだね)


thanks! Wanna bet?

僕に触れる手は、温かくて。 



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