MAIN

□嘘でできたぼくに本当をくれたあなたへ
1ページ/1ページ



ジーニアスは屋敷に入るのもそこそこに僕に抱きついて泣き続けた。
何度も何度も僕の名前を繰り返して嗚咽を漏らす姿は僕まで涙腺を緩んでしまいそうになるほどに激しくて、切なくて、感情を揺るがすもの。


じわりじわりと白い服に染みが出来るのも気にせず僕はその自分より少し小さな体を力いっぱい抱き締める。
本当なら今更彼に触れる事すら許されないのだろう、けれどこうして手を伸ばしてくれたから僕はそれにまた甘えてしまうんだ。
温かい、これは僕もジーニアスも生きている証拠。どちらかが死んでしまったらもう二度とこうして抱き締め合うことも話す事も出来ないもの。
嗚呼良かった。この心臓がまだ生きていて良かった。ねえゼロス、生きてて良かった事、一つ見つけたよ。


「ミトス、…」


まだ涙こそ止まっていないけれど、ジーニアスがぽつりと僕の名前と呼んだ。
一瞬何を言われるのだろうと体が緊張したけれど彼の言葉はどんな事であっても聞かなければならないしそれが僕のせめて彼に出来る事だから、その言葉に耳を傾ける。
目の下を赤くして少し鼻水を垂らしながら彼はあの時と同じ、明るく無邪気な優しい笑顔で微笑む。


「生きていてくれて、ありがとう」


「……………ジーニアス」


罵倒されるのを覚悟していた。なのに僕に投げ掛けられた言葉は罵倒どころか僕の生を喜び、感謝する言葉。そんな綺麗な言葉、僕は言われる資格なんてないのに。
心臓が圧迫される様に痛む、でもこれは嫌な痛みじゃない。
何か分からないけれど熱いものが僕の中でぐるぐると渦巻いている様な不思議な感覚。不意に目元が熱くなり、視界が緩んできた。


ぽろぽろと溢れだしたそれは僕の頬を伝い、抱きついていたジーニアスの頬にぽとりと落ちた。


嗚呼僕は泣いているんだ。ここに来てから自分が随分と泣き虫だったんだという事に気付かされる。それ程に、ここは優しさで満ちているんだ。


「ごめん、ごめんねジーニアス…、有り難う」


初めて涙を流したのもごめんじゃなくて有り難うを教えてくれたのも全部全部ゼロスだった。そんな事さえ、いまやっと気付けた気がする。
きっと僕はあいつがいなかったらこうやってジーニアスと向き合う事だって出来なくて、逃げていたに違いないんだ。
情けなく涙を流す僕をジーニアスは何も言わずにただ抱き締めて背中を擦ってくれた。


お人好し、と少し前までの僕ならこの優しさも気遣いも踏みにじって嘲笑っていたんだろうと思うと我ながらぞっとするんだよ。
どのくらいの時間が経ったのかやっと僕とジーニアスの涙は止まり、泣いた後独特の疲れとすっきりとしたものと少し腫れた目だけが残る。


「ジーニアス、紅茶でも入れるよ」


「あ、僕も手伝うよ」


「良いんだ、やらせて」


ね、と笑顔を見せればジーニアスは少し安心した様にそれじゃお願いしようかなとソファにぽすんと座った。
二人分の紅茶を用意しながら、こんなにも以前と変わらず会話が出来るだなんて思ってもいなかった、ゼロスの言った通りだね、だなんて考える。
平手打ちぐらいは覚悟していたつもりだったのに、いざ蓋を開ければ二人揃って赤ん坊の様に泣いてしまうだなんて少し恥ずかしいけれど、嫌じゃない。


くすりと笑い、トレーに二人分のカップを置いてリビングに戻ってソファに座っているジーニアスの後ろ姿に声を掛けるけれど、何故か反応がない。
何か考え事でもしているのだろうかとテーブルにトレーを置いて顔を見れば、僕の考えとはまるで逆、ジーニアスは寝ていた。
瞳は完全に閉じているし胸を規則正しく上下させて小さく呼吸している。完全に眠ってしまったらしい。
随分疲れがたまっていたのかもしれない、そう思って二階の僕がいつも使っている寝室に動かそうとしたけれど、服をぎゅっと掴まれてしまい動けなくなった。
きっと無理矢理動いたりすればジーニアスは起きてしまうので運ぶのはどうやら無理そうだ。


ふう、と息を吐いて睡眠の邪魔をしない様にゆっくりと隣へ座る。
久しぶりに見るその顔に安心を覚えながらも、この小さく愛おしい親友が少し無防備すぎるのではないかと心配になってしまう。
いくら信じてくれているとはいえ、僕は君と君の仲間を殺そうとしたんだよ?どうしてこんな風に眠っていられるの?
そう言えばゼロスにも同じような事聞いたっけ、ほんと、どうしてあいつの仲間は揃いも揃ってこんなにも無防備でお人好しで優しくて温かいんだろう。


(ねえジーニアス、僕は今度こそ君の本当の親友になれるだろうか。まだ、親友になりたいと望んでも良いんだろうか)


さらりと銀髪に指を絡めれば抵抗も無く流れていく。


(大好きだよジーニアス、今度こそ、僕は君を裏切ったりしないから)


小さくそう呟いて僕はすっと瞳を閉じた。口にしたその言葉は無かった事になんて出来ない、でも、それで良いんだ。
今度こそ君を泣かせたりしない、悲しませたりなんてしないからね。


そうして意識を手放してどれくらい経ったか、目が覚めたらいつものベッドの上で眠っていた。
驚いて体を起こせば隣には相変わらず瞳を閉じて気持ち良さそうに眠っているジーニアスの姿。夢、ではないらしいけれどどうなってるんだろう。


そっとベッドから降りて一階に下りるとキッチンの方から物音がする。
誰かいるのかと近付けば、そこには長い赤毛をポニーテールの様にして括って料理をしているゼロスの姿があった。


「ゼロス」


「お、やっと起きたか。もうすぐ晩飯出来るからがきんちょ起こしとけよ?」


全く仕事終わらして早く帰って来てやったのに、出迎える所か二人してすやすや寝てんだから俺さまもうびっくり、がきんちょもミトスちゃんも手なんか握り合っちゃって恋人かっちゅーの。
お陰で育ち盛りの子供二人一気に抱えて運ぶ事になっちゃって俺さま超へとへとー。あーあ、久しぶりにがきんちょの飯食えると思ったのによー。


そう言いながらもどこか優しげな瞳で料理するゼロスにそっと近付く。


「有り難うゼロス」


自然と出たその言葉に動かしていた手を止めてアイスブルーの瞳が微かに揺れて心成しか嬉しそうにしながらどういたしまして、と微笑んだ。
ねえゼロス、僕は今までその笑顔の理由がずっと分からなかった、もちろん今だって本当に分かっている訳じゃなけれど。
でも僕がゼロスに生かされたのはどんな理由があるにせよ変わらない事実だよ。


だからもう絶対に僕はゼロスを利用したりジーニアスを裏切ったりはしない。
絶対に、悲しませたりはしないから。


(決意、なんて立派なものじゃないけどね)




thanks! wizzy

今度こそ、僕は君の傍にいるから。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ