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□ほうらごらんなさい
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何か、猫みたいだと思った。
少しでもちょっかいを出そうものなら直ぐにムッとした顔になって猫が威嚇するかの様に僕に近づくな!と言い捨ててどこかに行ってしまう。
そしてもう一人猫みたいなのが見た目こそ可愛らしいけれどその性格は男の俺さまに負けず劣らずの強気な態度で、親しくない奴には警戒心丸出しのあの少女。
二人の共通点と言えば学者、学問に携わっているということだろう。天才には気難しい奴が多いというけれど、例外に漏れずと言ったところだろうか。


あいつら以外にもここには学者や博士連中、天才肌の奴等がごろごろといるけれどあいつ等までいってしまうと可愛気と言うものか、限度が無いので頂けない。
特に恐ろしいのはやっぱりあのハロルドちゃんだろう、彼女だけは流石の俺さまも二人っきりで食事をしようだなんて言って声を掛けようと思わないからな。
恐ろしい恐ろしい、そんな事を思っていると、あの猫の様な二人がにゃあにゃあ鳴きながら(いや、実際鳴いてる訳じゃないぜ勿論)こちらに向かって歩いてくる。
気難しい二人もやっぱり気が合う者同士になると話は別らしく、結構厚めの本を二人で覗きこみながらそれなりに楽しそうな表情をして会話をしていた。


ちょっとだけ羨ましいかも、なんて思う。
俺さまは決して馬鹿じゃないけれど、あいつ等が言う様なレベルの話には流石についていけなくなる時があるから、聞いていても聞くので必死で頭が追いつかない。
だから会話には入りづらいものがあるんだよな…、普段馬鹿にされているロイドくんの気持ちが今なら少しだけ分かる気がするよ。結構寂しいもんだな、ロイドくん。


邪魔しちゃ悪いかと来た道を戻ろうとした時、意外な事に後ろからゼロス、と声を掛けられた。
まさか、と思いながら後ろを振り返るとやっぱりそのまさか、俺さまを呼び止めたのは猫の様な二人組、キールくんとリタちゃんだった。
何もしていないつもりだったけれどもしかして何か邪魔しちゃった?そう思いながら恐る恐る、な、何かなお二人さん?と引き攣っているだろう笑顔を見せてみる。
そんな俺さまの態度を見て不思議そうに首を傾げながら、(あ、リタちゃんの口、何かへの字になってて猫みたい)少し近付いてきて口を開く。


「挨拶ぐらいしたらどうなんだ?」


あからさまに怒っています、と言わんばかりのキールくんの口調に、よかれと思って取った行動が全くの逆効果であったことに俺さまはそこで初めて気付いた。
だって何か楽しそうだったし、研究の邪魔しちゃ悪いだろ?だなんてへらりと言える雰囲気では無くて、キールくんの隣にいるリタちゃんの眉間にも少し皺が寄っている。
はっきり言って、この二人が怒ってもそこまで怖くはないと思う、腕力とか無いし。でもその分、強力かつ凶暴な魔術を平気でぶっ放せるのだから恐ろしいのには違いない。
ここは穏便に平たく出た方が良いだろうな、そう思って素直にごめん、と謝れば、二人はぽかんと不意打ちでもされた様な表情になって逆に俺さまを真剣に見つめてきた。


「な、何でそんな素直になってんの?あんたって、そういう奴だっけ…?」


そんな言い方されると俺さまってばかなり性格悪い奴みたいじゃね?何が有っても謝らない、俺さまは悪くねー!みたいな感じ?
自分でも確かに自分らしくはないと思うけれど、ファイアーボールで黒焦げになるよりはずっとマシ、猫の爪で引っ掻かれるより痛いんだからな。
俺さまだって反省ぐらいするんだぜ?とリタちゃんの頭を撫でてみれば、ほんの少し顔を赤く染めて何するのよ、と猫みたいな強気な目で睨まれてしまった。
でも、その声から本当に怒っている訳ではないと分かっているから怖くも何ともないんだけどね。


あ、そうだ、とキールくんが何かを思いついたかのように声を上げると、少し体をしゃがませてリタちゃんの耳元に手を当ててごにょごにょと何かを話し始めた。
俺さまには何を言っているのか聞こえないから首を傾げるしかないけれどその内容を聞いたリタちゃんがそうね、丁度良い事だし、とキールくんにグットアイデアと言わんばかりの笑顔を見せた。
何と言うか、俺さまにはすらりと美人な黒猫が可愛らしい小さな茶猫の相手をしているみたいに見えてきた。末期?ううん、でもこれは中々良い光景だと思う。


ぐいっとリタちゃんを俺さまの腕を引っ張って上目遣いで見てくるものだから俺さまの心はもうグラグラ、正直やばい、こんな可愛い子と長年の付き合いらしいユーリくんが死ぬほど羨ましい。


「ゼロス、ちょっとお願いがあるんだけど…」


「え、あの、何かな?お、俺さまちょっと用事があるから今すぐ何かしてくれとかは無理だぜ?」


その言葉にあからさまにリタちゃんは不満そうな顔をして、キールくんもしまったと言わんばかりの表情になる。何かを言われるよりも前に先手を打っておくのは立派な戦法だぜ?悪いなお二人さん。
まあ実際、任務完了の報告をしに行にいかなきゃなんねーし、昼飯の当番やらで後最低でも一時間は自由にはなれないから嘘を言った訳じゃないんだけどな。
可愛いリタちゃんといつも苦労性なキールくんのお願いなら聞いてやらない事も無いけれど、内容による。この二人だって学者だ、何を言い出すか分からないからな。


少し思考を巡らせた後、キールくんがじゃあ、と口を開く。


「ちょっと本の整理に付き合って欲しいだけなんだ。用事が終わってからでいいから手伝ってくれないか?礼、も出来る範囲でなら用意する」


本の整理?ちょっと人体実験に付き合ってよ、とか言ってくるハロルドちゃんと同じ領域とは思えない、随分可愛らしいお願いだと思う。いや、多分俺さまの基準がおかしいんだ。
別にそれぐらいなら良いかと了承の返事をして二人と分かれてチャットちゃんに報告を済ませて食堂に向かう。
ここのメンバーは人数が多い、やたらと。だから当番に当たった奴は料理以外にも食器洗って片付けて、残飯処理したりと実は色々と忙しかったりする。
ほとんどのメンバーが昼食を終えたらしく食堂に人が疎らになってきた頃、ちらりと壁に掛けてある時計を見れば二人と別れてから一時間と少しが立っていた。


本の整理、あの二人だけで大丈夫だろうか。リタちゃんは女の子だし、キールくんは男の割に極端に力が無い、それこそリタちゃんとなんら変わらないと思えるほどに。
うわ、本の生き埋めになってたりして。洒落にならない事が頭に浮かび、食器を洗い終えると早々に図書室へと向かいきょろきょろと二人を探す。


「きゃっ、」


「あ、大丈夫かリタ!」


ん、今の?小さな悲鳴と聞こえてくる声には聞き覚えが有り過ぎて早足に声のする方に向かえば、頭に本を乗っけて尻もちをついているリタちゃんと彼女の上に乗った本を必死に退けているキールくんの姿。
嗚呼やっぱりこうなるんだな、想像していた通りの光景に少し苦笑して大丈夫?とリタちゃんの体を本の中から引き上げれば、吃驚したように俺さまを見てきた。
何か言いたげに口をぱくぱくとさせた後、遅いわよっ、と俺さまに怒って黙々と整理に取り掛かるリタちゃんを見て、素直じゃないな、と俺さまとキールくんが同時に呟く。いやいや、キールくんも結構素直じゃないぜ?
何故かやたらと忙しなく動き回るリタちゃんを不思議に思いながらも、まあ早く終わりそうだしいっか、とそのままに俺さまもあまり慣れない重労働にせいを出す。


訳の分からない数式が並ぶ本、名前を聞いた事があるぐらいのどこかの哲学者の伝記、見慣れない術式がずらずらと書かれている辞書。良くもまあここまで読むものだと感心する。
俺さまが来るまでに随分と進んでいたのか、そもそもそこまで大量じゃなかったのか、本の整理はそこまで時間を掛けずして終わって、はあ、とその場に座り込む。


「…あり、がと」


後ろから聞こえてきた緊張しているかのような声に視線を向ければ、顔を真っ赤にしたリタちゃんが、さっきみたいに俺さまの腕を握ってそう小さく呟いてきた。
何と言うか今の俺さまの心情としては、懐いてくれなかった猫がほんの少し心を許してくれた感じ?そんな風に例えてるって知られたら今度こそファイアーボールだろうけれど。


「僕からも礼を言う。お前のお陰で助かった」


へなりとちょっと疲れ混じりの声でキールくんがそうお礼を言ってきた。あれ、キールくんてばいつもツンケンしてるイメージがあったけれど、ここまで素直に笑う奴だったんだ。
やっぱりこの二人は猫みたいだ。何考えてるのか良く分からなくて近付きがたいけれど、いざ傍にいる時はすごく可愛くて頭撫でて上げたくなるんだよな。(いや、流石にキールくんにはしないけれどさ)
その時、ふとお礼の事が頭に浮かんだ。別にこの二人の意外なところも見れたしそれなりにおいしい思いも出来たから無しでも良いんだけれど、やっぱ、折角何かしてくれるって言ってんだし?


「なあ、俺さま二人にして欲しい事あるんだけど、聞いてくれるか?」


その言葉にああお礼だからな、と頷くキールくんに合わせるように、変な事させないでよ、とリタちゃんが少し疑い深げな視線を俺さまに向けてそう言った。
うん、断られなかっただけで十分だな、そう思って俺さまは二人の手を取って歩き出した。


「やっぱ可愛い猫とする事ナンバー1は昼寝だよなー」


そう言いながら外に向かう俺さまにリタちゃんとキールくんが同時に声を荒げた。


「はあっ?!猫って何の話よ!」


「僕はまだ眠たくないぞ」


(……そういうとこが、猫っぽいんだよなあ)




thanks! wizzy


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