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□無色透明なサイダーに沈む
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「俺、ゼロスのこと、好きかも」


無邪気なあいつが明るく発したその一言は俺の中に小さな波を生んで脳内でその言葉を繰り返す度に荒れ波の如く大きく大きく揺れ、強く心を掻き乱した。


嗚呼そうかロイドはあいつのことが好きなのか。確かにお前は俺よりもずっとずっと前からあいつと一緒にいるし、きっとお互いのことをここにいる誰よりも信頼しているに違いない。
それに、あいつのお前に対する笑顔って俺とか他の連中に向けるものより比べ物にならないくらいに優しげで穏やかで、それこそ全信頼を置いている、そんな瞳なんだよな。
そう言えばいつかあいつが言っていたっけな。「ロイドくんがいなかったら今の俺さまはいない。だから何があっても絶対にあいつだけは裏切ったりしない」と。
きっとあいつにとってもお前にとっても互いの存在は必要不可欠。欠けてしまうことなんてあってはならないのだろう。今時珍しいくらいに強くて固い絆だと思う。


でも、だからこそこいつの感情がこういう形に出てきたのは普通なのかもしれない。
そこまで信頼して信頼されて、愛おしそうな瞳で見つめられて、裏切らないと誓われて、そこまで強く自分を想ってくれる相手を好きにならない訳が無いんだ。
ロイドは、この想いをあいつに伝えるのだろうか。するとするなら、かなりの確率でこいつの想いは成就するだろうな。拒む方が不思議なくらいかもしれない。


ぐるぐるぐるぐる。自分はどうしたのだろう、頭、いや、全身が揺れている感じがする。でも実際はしっかりと床に足が付いている。変だ、俺、どうしたんだ?
何と言うか、猛烈にむしゃくしゃする。ムカつく?違う、これは焦り?拒絶?じゃあそれは何に対して焦ったり拒絶したりしているのか。分かりたくも無いのに、ぼんやりと想像がついてしまう。
嫌なんだ。ロイドとゼロスがそう言う仲になってしまうのが。確かにあの二人なら性別だって歳だって気にせずに堂々と互いを想い合うと思う。だけど、それが嫌なんだよ。
最低なのは分かってる、でもやっぱりそう思わずにはいられないんだ。いくらロイドよりも付き合いが浅くてロイドよりも信頼されていないとしても、俺だってゼロスが好きだから。
さっさと俺も想いを伝えてしまえば良い。でもきっとあいつの答えはノーだろう。当たり前だ。そんな素振り一度も見せた事の無い俺から告白されても困りはすれど喜ぶ事はないだろう。


「なあユーリ、お前は?」


ぎくり。嗚呼ロイド、お前って奴はどうしてそんなにも単刀直入に物事を聞いてくるんだ。確かに飾らない性格がお前の最大の魅力なのだろうけど、偶にそれが疎ましく思うよ。


俺は、どうかだって?そんなの、好きだって言ってる奴の眼の前で、実は自分も、だなんて答えられる訳ねーだろ。そんなことして仲がぎくしゃくするなんてそれこそ御免だ。
ならさっさと適当に誤魔化せば良い、そういうのは俺の得意分野じゃねえか。あいつは他の奴等と同じ、大切な仲間だ、ってさらりと言ってしまえば良いだろ?


じんじんじんじん。嗚呼今度は何だって言うんだ。どうしてこれ位の嘘付くのにいちいちこんなに苦しい思いをしないといけないんだよ。これくらい、何てことない筈なのに。
…これくらい?いや、確かに俺とロイドはたくさん違いがあるし、俺の想いが実るなんて有り得ないのかもしれない、でも、あいつを想う気持ちは絶対に負けてなんていない!
俺はゼロスが好きだ。なら、この気持ちを隠す必要がどこにある?そうだよな、他の誰かと自分を比べるなんて、俺らしくもない。俺の気持ちは本物なのだから堂々としていれば良いんだ。


「俺も、あいつが好きだよ。誰よりも、愛してる」


「……絶対に?その気持ち、絶対に揺らいだりしないか?」


「絶対だ」


妙に真剣な口調なロイドにそう断言してやれば、鷹色の瞳がこれ以上無いと言う程に大きく見開かれて驚いた様に俺を見つめてくる。当たり前か、自分にとって仲間の俺が恋仇になるのだから。
でも悪いなロイド。夕食の肉を分けてやることはいくらでもしてやれるけど、ゼロスがお前の特別になることだけはどうしても見て見ぬふりなんて出来ないし、そんな心の余裕は俺に無いんだよ。
お前は俺をどう思うだろう。いくら無邪気なお前でも、人の気持ちを知っている癖にこんなことを言うなんて嫌な奴だと思うのだろうか。嫌われてしまうのだろうか。唯の我が儘だけど、それは嫌だな。
今更こんなことを言っても遅いかもしれないけど、俺はお前も好きなんだ。もちろんあいつの様な恋愛としてではないけれど、信頼だってしてるし一緒にいるのも心地良い。


好き、その一言でこの関係も無くなってしまうのか。悲しい、寂しい、空しい、どれにもきっちりと当てはまらない混沌とした感情。何だか息が詰まりそうになる。
ユーリ、急に強く名前を呼ばれたと思ったら返事をする間もなく、思い切り抱きつかれた。流石にこけはしなかったけれど、後ろに二、三歩よろめいてしまった。
一体何事だ。俺に腹を立てて小さな攻撃でも仕掛けてきたのだろうか。でも、しょうがないだろ?あいつを想う気持ちはどれだけ意識しないようにしたって消える事がないのだから!


「良かった!ユーリ、ゼロスのこと好きなんだな!」


にっこりと本当に嬉しそうに微笑んでロイドはそう言った。予想外すぎるその言葉にどうしていいのか分からなくて固まっていると、あ、と小さな声が後ろから聞こえてきた。
驚いて振り返ると、そこには唇を薄く開けてぽかんとした表情で立ちつくしているゼロスの姿。まさか今会うとは思っていなかったので言葉が上手く出てこない。
いつも自信に溢れているアイスブルーの瞳に今は不安が混ざっている様に見えるのは気のせいだろうか。瞳だけじゃない、眉も少し下がっているし唇も固く閉ざされている。
まるで何かを怖がっている様な、そんな感じ。こんな風なゼロスを見るのは初めてで焦ってくる。嗚呼、他の奴に相談事をされたりした時はこんな事にならないのに、肝心な時に駄目じゃないか俺。


不穏な空気が漂いそうになった時それを全く気にしないかのようにロイドがゼロスを呼ぶものだから、あいつはゆっくりと俺達に近付いて俺に抱きついているロイドに「何、ロイドくん?」と尋ねた。
そして俺の腰に回していた右手を離して、完全に無防備なゼロスを引き寄せる様にして抱き締めたかと思うと嬉しそうに笑いながらもぽろぽろと涙を流し始めた。


「ゼロス良かったなあ…!俺すげえ嬉しい…!」


「え、な、何、ロイドくん?!」


ぐずぐずと情けない顔になりながら良かった、嬉しい、と繰り返すロイドと訳が分からないと言った感じで慌てているゼロス。ついでに俺にも訳が分からない。ホント、何があったんだ?
そして最後にもう一度ぎゅっとゼロスを抱き締めて、そのままその体を俺の方にぽん、と押すものだから見事にあいつは俺の腕の中。変に意識してしまいそうになるのを必死に抑える。
理解しがたい行動をするロイドに色々説明してもらおうと姿を探せばいつの間にか部屋の入口に立っていて、まだ少しふやけた顔をしながらも幸せそうに微笑んでいた。


「大丈夫だゼロス。お前の気持ち、ちゃんと伝わるよ」


その一言を聞いた途端、ゼロスが無意識に俺の服を握って瞳にじわじわと涙を溜め始めた。おいおいおい、ロイドの次はお前か。何で二人してそんなに涙もろくなってるんだよ。
「ありがとうロイドくん」、小さく囁いたこいつの言葉はちゃんとロイドに伝わったらしく、一度こくんと頷いて部屋を出ていった。俺としては何だか置いてきぼりをくらった気分だ。
静まり返った部屋。さっきのさっきまでゼロスが好きだと言っていたからか恥ずかしくて堪らない。でも何故ロイドはわざわざ俺とこいつを二人きりにしたんだろう。自分もこいつを好きなのに。
ロイドくんはさ、と先に口を開いたのは今にも泣き出してしまいそうなゼロスの方。指先に力を入れているのか少し白くなっていて、いつにも増して艶っぽく見えてしまう。


「ロイドくんは、いつも俺さまを気にかけてくれる。いつだって、傍にいて助けてくれる。俺にとってあいつは、誰よりも尊い存在なんだ」


嗚呼知ってるさ。だから俺はお前を諦めようとした、そんな奴に敵う訳が無いってな。でもそんな俺の気持ちすらあいつは諦めるなと言うかのように奮い立たせてくれたんだ。


「だから俺さま思ってたんだよ。嗚呼きっと俺はこいつのことが好きなんだって」


それも、知ってるよ。でもそれは可笑しなことでも不思議なことでもない。俺だってそこまで自分を支えてくれる奴がいたのなら女だろうと男だろうと関係なく好きになっていただろうしな。
でもゼロス、言葉の使い方、少しだけ間違えてるぜ?思ってた、なら今はもうそうじゃないみたいに聞こえてしまう。思ってる、そうだろ?「でも、」
ぎゅっ、と俺の背中に回された腕の力が、言葉を喋ったのと同時にほんの少しだけ強まった。それはまるで何かを必死に抑える様に、まだ駄目なのだと堪える様に。


「でも違った。確かにロイドくんは大切。今だって尊い人。でも、でも、俺さまが好きになったのはロイドくんじゃなかった、」


潤んだアイスブルーの瞳とばっちりと目が合い、思わずどきりとしてしまう。それに、今何て言った?お前が好きなのはロイドじゃない?それは一体何の冗談なんだよ。
1センチ違いの身長。息が掛かるほど近くにはずっと想っていたゼロスの顔。好きな奴にこんな間近に寄ってこられて平気でいられるほど俺は出来た人間ではないのだが。
そんな俺の葛藤には全く気付いていないのか、ずいずいと整った顔を近付いてくる。切羽詰まった様な瞳、ふわりふわりと揺れる赤毛、少し震えている声。嗚呼、もう。


「俺さまは、ユーリが好、ん…!」


勝手にその唇を塞いだ。もう、俺が抑えられないから。というよりも抑えられる訳が無いだろ。ずっとずっと想っていた奴からこんな風に想いを告げられたのだから。
余裕が無いのは自分が一番分かっていた。初めて触れた唇は想像していたよりもずっと柔らかくて、漏れる声も溶ける程に甘くて、愛おしくて堪らないんだ。もっと触れたいと思ってしまう。
今まで抑えていたものが蓋を失ったかのように溢れだす。こんな風にがっついて嫌われてしまうだろうか、嗚呼でもきっと俺はこいつを離す事は出来ないだろうな。


「ゼロス、好きだ。ずっとお前が好きだった…」


その時になってやっと気付いた。俺の瞳からもロイドやゼロスと同じものが溢れだしていた事に。嗚呼なんだ、俺も大概涙脆い奴だったのか、人のことどうこう言えねーじゃねえか。


「馬鹿みたいに泣いちゃって、情けねーの」


「全くだ」


もう一度重ねた唇は、涙の味がした。


ロイド、そう呼ばれて振り向けば少し目を腫らしたゼロスとユーリが二人揃って立っていた。きっと上手くいったんだろう、二人ともすごくすっきりした表情をしている。
まあ、ゼロスには絶対に幸せになってもらいたいから上手くいってもらわないと俺が納得しないんだけどな。相手がユーリだから何の心配もしてないけどさ。あ、俺なんかゼロスの父さんみたい。
どうかしたのか、そう聞けば行き成り二人して抱きついて来た。悔しいけど俺よりも身長の高い二人に同時に抱き締められると結構苦しいし、髪が鼻に掛かってすごくこしょばい。


「大好きだからなロイドくん」


「俺もだ、好きだぜロイド。ゼロスの次にだけどな」


そう言って微笑む二人はきらきらしていて綺麗だし何より幸せそうで、嗚呼本当に良かったって思う。…早速ユーリの言葉に惚気が入ってるのは気にしないんだからな。
それに、やっと結ばれて想い合っているのに俺の所に来てくれるのが嬉しくて堪らない。ほんの少しだけ寂しかったんだよな、俺とはもう前みたいに一緒にいてくれなくなるかもしれないって。


あ、何か泣きそう。やっぱりゼロスって俺の宝物なんだよな。だからあんなにも幸せそうに微笑んでくれているから、それだけで俺は嬉しくて堪らないんだ。やばい、本当に泣きそう。
ユーリに気持ちを聞いてみて良かった。ユーリは俺よりもずっと大人だからきっと色んなこと考えてると思うから、自分の本当の気持ちを教えてくれるか心配だったんだよな。
でもあの愛してるも絶対も、誤魔化したり適当なこと言ってないのは俺にだってちゃんと分かった。だから、嗚呼ゼロスは幸せになれるんだって思うと泣かずにはいられなくて。俺ってば直ぐ泣いて格好悪いなあ。


大切なゼロス、そしてユーリ、二人のこと俺も大好きだ。少しも寂しくないって言ったら嘘になるかもしれないけど、でも、寂しいよりも嬉しいの方がずっとずっと勝ってるんだ。


「大好き」


だからこそ、やっぱり涙を抑えることは出来なかった。





(幸せに、溺れて)





thanks! wizzy

The first anniversary!


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