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□ここにいておくれ僕のエデン
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綺麗、だと思った。うん、分かってる、今更だよな。こいつは出会った時から今まで一度も汚い時なんてなかったさ。いつだって俺が触れるのを戸惑うくらいにキラキラと宝石のように輝いていて、どこかの昔話に出てくるお姫様みたいだった。王子様が来るのをひたすらに待ってる、一途で美しい、そしてほんの少しだけ愚かなお姫様。
なあゼロス、お前は誰を待ってるんだ?お前が焦がれるくらいの相手だ、きっとすっげえ格好良くて、強くて、逞しくて、それこそ王子様のような奴なんだろうな。嗚呼、そいつが迎えに来たらお前は俺の傍から離れてしまうのだろうか。いつものへらへらした綺麗な笑顔だけを残して、さよならを俺に言うのだろうか。怖い、そんなの、嫌だ。嫌なんだ。


俺はお前には不釣り合い。分かってるよそんなこと。王子様になんてなれやしない。でも、お前を求めてるこの気持ちは、その王子様にだって負けない自信があるんだ。見た目も、中身も、身分も、きっと俺の方が下だと思う。でも、でも、一度だけで良いから俺にもチャンスをくれよ。お姫様を王子様から奪うチャンスを、醜い盗賊に頂戴。
もしかしたら王子様との豪華で不自由の無い綺麗な生活より、盗賊と一緒に埃まみれになって汗を掻いて動き回る生活の方が楽しいかもしれないだろ?あ、でもお前男の割に綺麗好きだからこう思ってはくれないかもしれないな。その時は俺が楽しさを教えてやるから、なあ、お願いだ、その綺麗な瞳を一度だけ俺に向けてくれよ。俺を、映してくれよ。


お姫様は王子様と幸せに暮らしました。めでたしめでたし。そんなの、全然面白くないじゃんか。それに王子様といたら幸せになるかなんて実際してみたいと分からないだろ。どうして物語は直ぐに盗賊や魔女を悪者扱いするんだよ。確かにやっていることは良くないのかもしれない、でも、そいつ等の事情を聞いたことがあるのか?そいつ等の本当の気持ちをちゃんと聞いたことがあるのかよ。もし魔女を仕向けたのが王子様だったら?そんなこともどうせ考えないんだろ。
もちろん俺だって人のことを言えるほ色々考えて行動してるかと言われればそうじゃない。いつだって目に見えるものを優先しちまうし、自分と敵対してる奴の気持ちを考えた事なんて数えるくらいしかない。分かってる、本当はこんなこと言える立場じゃないことくらい。それでもやっぱり口を開きたくなるのは、唯の俺の我が儘だ。自己中心的な俺の考え。偽善者?それでも構わない。実際俺はお姫様を手に入れる為に、王子様を蹴落とそうとしてる最低な奴なんだから。


でも、別にいいじゃん。なあ、お前ハッピーエンドが好きな輝いたお姫様なわけじゃないんだろ?ちょっと苦い、ううん、バッドエンドが好きな穢れたお姫様なんだろ?隠さなくても良いよ。知ってる、気付いてるから。って言ってもお前自身隠そうとしている訳じゃないみたいだけどな。俺は好きだよ。ただの綺麗で着飾ったお姫様も人形みたいで嫌いじゃないけど、皮肉で口汚いお姫様の方が人間らしくて良いんじゃないか。なあ、王子様はそんなお前に気付いてるのか?


俺とゼロスしかいない部屋。外からも中からも何の音も聞こえない皆が深い眠りに入っているだろう真夜中。それにも関わらずあいつは俺に背を向けてベッドに腰掛け、ぼんやりと窓の外を見つめている。俺からその表情は見えないけれど、きっと恋する乙女みたいな表情をしてるんだろう。いつになったらこんな窮屈な所から連れ出してくれるんだ王子様、ってさ。
分かってるんだろ?どれだけ王子様を望んでいたとしてもそう簡単にお前の所に来てくれはしないって。でもその現実が嫌で、こうして毎晩毎晩空を見上げているんだろう?どうやったら王子様が来てくれるのか知ってる癖に、あっちから来てくれるのを待ち続けている。やっぱりお前はどこまでも一途な可愛いお姫様。いつもふらふらと危なっかしくて矛盾しているお前が愛おしくて堪らないんだ。なあ、もう王子様なんて待つの止めろよ。俺が傍にいる、それでいいだろ?


ふわりと後ろから白く細い体を抱き締める。まさか俺が起きていたとか思わなかったのか、それとも自分がこんな簡単に後ろを取られると思っていなかったのか、或いはその両方か、ゼロスはあからさまに体をびくりと反応させて、声は上げないもののかなり驚いた様子を見せた。必死に自分の動揺を隠そうとしているみたいだけど、忙しなく目が泳いでるからばればれだよ。可愛いゼロス。まさか俺がこんなことしてくるなんて思わなかったんだよな。嗚呼ほんと、可愛い。
シーツを握り締めている手の上に自分の手を重ねれば、ゆっくりと伝わってくるゼロスの体温。いつもお互いグローブを付けているから分からないけれど、こうやって触れて初めて知った。ゼロスの体温が酷く冷たいことに。それこそ王子様の迎えを待ってずっと眠っているお姫様の様な冷たさ。きっとお前の王子様はこれだけ冷たくなっているお前を喜んで迎えに来るだろう。そしてお前を俺の前から風のように一瞬で奪っていくんだ。そんなの耐えられない、俺が許さないからな。


「どうしたのロイドくん、あ、もしかして俺さまが起こしちゃった?悪い悪い、そんなつもりじゃなかったのよ」


「良いよ、最初から起きてたから」


ゼロスの軽口を昼間の俺のようにさらりと受け流して一層強くその体を自分の方に引き寄せる。連れてなんて行かせない。絶対に、絶対に王子様のところになんて行かせてやらないからな。どれだけ王子様が魅力的にお前の手を取ってダンスに誘っても、俺が逆の手を引いて引き摺り戻してやるから。嫌われるかもしれない、大好きなお前に、大嫌いだと言われてしまうかもしれない。それでも王子様の所にお前が行ってしまうくらいならその方がずっとずっとマシだ。
俺の周りに漂う空気がいつもと違うことに気付いたのか、戸惑ったように俺をそのスカイブルーの瞳に映す。嗚呼、やっと見てくれた。王子様しか見ていなかったその綺麗な瞳に、やっと俺を映してくれた。言っただろう、俺にとってチャンスは一度だけ。きっと今お前の心を掴めなかったら、その瞬間に王子様がやってきて俺の眼の前でゼロスを連れて行ってしまうかもしれない。絶対にそれだけは駄目なんだ。待ってくれよ、王子様。お願いだから、ゼロスを連れて行かないでくれ!


薄く開いた唇に、自分の想いをぶつける。行き成りのことにゼロスは体を固くしたけれど、その内体の力が抜けてきたのか艶っぽい声を上げてへなへなと俺に寄り掛かってきた。俺にされたくらいでこんなになる癖に百戦錬磨だなんてよく言うよ。まあ、俺が上手いってのもあるんだろうけどさ。もちろん他の誰かとしたわけじゃないぜ?こうしたら気持ち良いかなって思ったことをゼロスにしてるだけだから。きっとこいつが敏感なんだよ。もしかしていつもしてばっかしでされ慣れてないとか?
なあ、これで少しは俺の気持ち分かってくれたか?普段ふざけてこういうことしないから本気なんだってことは分かってるだろ?もう何も誤魔化さないで。俺を、王子様じゃなくて、俺を見てくれ。それで、分かって欲しいんだ。王子様の所に行く為に生きる以外にも、たくさん生き方があるんだってこと。もちろんお前の隣に立っているのが俺ならすっげえ嬉しいけど、お前が王子様以外の他の誰かを選ぶって言うなら、悔しいけど諦める。ちゃんと祝福して、おめでとうを伝えるから。


乞うように、名を呼ぶ。闇に溶けそうになる瞳の中、微かな動揺が伝わってくる。ロイドくんは何が言いたいの、俺さまに何を求めてるの。そう問うてくるように揺らぐそれを見ていると、心臓が罪悪感で押し潰されそうになる。俺は自分の都合でゼロスにとっての幸せを邪魔しようとしてる、その事実はどれだけ理由を並べようと変わりはしない。なあ、ゼロス、俺、間違ってるのかな。お前を王子様の所に行かせたくないと思うのは、そんなにいけないことなのか。
もうゼロスは抵抗しなかった。いや、最初からそこまで大きく嫌がったりはしなかったけど。もう一度唇を落とせば、まるで俺を受け入れるかのように目を閉じてそれに応えた。なあ、そんな風にされたら俺馬鹿だから勘違いしちまうぞ。ゼロスは王子様の所に行くよりも、俺の傍にいることを選んでくれたんだって。なあ、それで良いのか。もうお前を離せなくなる、そうなったら王子様を夢見ることも出来なくなる、それでもお前は良いって言うのか。ゼロス、答えてくれ。


「……嫌じゃないのか、こんなことされて」


「………嫌だったらとっくに逃げてるっての。何、俺さまの気持ち知っててしたんじゃなかったわけ?」


嫌われるの覚悟でやった、ぽつりとそう呟けば何それ馬鹿じゃねえの、とけらけらと笑われてしまった。そこにはお姫様のような上品さは微塵も無く、普通なら萎えてしまいそうなほどに下品な笑い方だったけど、俺はそういう風に無邪気に笑ってるゼロスが一番好き。こいつにしか分からない辛いことも悲しいことも苦しいことも、そう、ずっと待ち続けている王子様の存在さえも忘れてくれている気がするから。なあ、吃驚するぐらいにご都合主義なんだぜ俺。
頬を温かいものが伝う。ゼロスが驚いたようにそれを拭ってくれるけれど、一度溢れだしたそれはそう簡単に止まってはくれなくて、ぽつぽつと白いシーツに染みをつくっていく。嗚呼、安心して涙を流すなんて初めてかもしれない。でも、本当に嬉しいんだ。ゼロスは自分の意思で、嫌嫌とかじゃなくて、望んで俺の所に居てくれる。今まで想い続けていた王子様じゃなくて、横入りした俺の方を取ってくれた。自分の手で、王子様の手を振り払ってくれた。それが嬉しくて嬉しくて堪らないんだ。


ごめんな王子様。でも、俺思うんだ。あんたの手を取ったとしても、ゼロスは絶対に幸せにはならない。認めたくないけど、あんたみたいな存在を望んでいるのはきっとゼロスだけじゃない。誰もが皆心の中に誰にも話せない真っ黒なものを持ってて、それを自分一人で抱えるのがどんどんしんどくなっていく。それで助けを求めるようにあんたへと手を伸ばす。あんたは誰が助けを求めても拒んだりしない、いつだって手を取ってくれるから甘えずにはいられないんだと思う。でもそれじゃあ駄目なんだ!
確かにあんたはいつでも、言ってしまえば俺の隣にだっている。でも、あんたに這ってしまったら全てが終わってしまう。また立ち上がって悪足掻きをしたくなっても、一度でもあんたの手を取ってしまったらそれすら出来ないんだ。後悔しても、やり直せない。だからどれだけ辛い状況に追い込まれたとしても俺は絶対にあんたを求めたりしない。俺だけじゃない、大事な誰かがあんたを求めると言うのなら、俺があんたの居場所を奪ってでもそいつの手を取ってやる!あんたの所には絶対に行かせたりしない!


ゼロスを連れて行かせはしない。どれだけゼロスがあんたを望んでも、俺がしがみ付いてでも行かさせやしない。でも、全てを全うしたその時はあんたにゼロスを任せないといけないんだ。だからさ、それまで俺に任せてくれたっていいだろ?あんたにもたくさん見せてやるよ、呼吸して、喋って、動いているゼロスがどれだけ可愛いくて美人かを。ずっと見ているうちに絶対こう思ってくるぜ?こいつを自分のところに連れていくのは惜しい、もっと元気に笑っている姿を見ていたいってな。そして思えばいい、生きてるゼロスが一番だって。


「ロイドくん、大好きだからな」


俺がずっとゼロスを守る、王子様にはやらないよ。


(守り通してやる。死なせやしない、大好きな君を。)



thanks! wizzy





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