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□閉じた瞼に祈りの行方
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※ゼロスがちょっと病み気味で重度のユーリ依存症。暗め。




「天使化、ね」


ロイドたちから話は聞いていたからあいつがそういうことをするとは知っていたけど自分の目で見るのはこれが初めてだった。もう一人の少女の背中からひらひらとしたものが出ているのは見たことがあったけど、何と言うか、同じものの筈なのにこいつと少女のそれは全然違うものに見えた。何だろう、こいつがそれを出した途端、不安が胸を埋め尽くしそうになるんだよ。このままあれと共にふわふわと消えてしまうんじゃないか、そのままどこか俺の手の届かないところに行ってしまうんじゃないのだろうか、そう思わずにはいられない。まあもちろんこんなこと口に出した事は無いけれど(こいつのことだ、話が深刻になる前にへらへらとした笑顔で全てを隠すのだろう)、もし本当にそうなってしまう時が来たのなら俺はきっとこいつがここに居る為にならどんなことでもしてしまうのだろう。熱血は似合わない、そんなこと自分が一番良く分かってるけど、でも俺は自他共に認めるくらいに重度のほっとけない病にかかってるからな、しょうがないんだよ。絶対にどこにも行かせはしない。それこそ、こいつがそれを望んだとしてもだ。

俺の視線に気付いたのか返り血も気にせず頬の切り傷すら直さず、背中のそれを出したままぼんやりとしていた水晶のように透き通った瞳に俺の姿が映る。凄まじい威力を持っているにも関わらず普段使おうとしない理由が今のこいつを見て何となく分かったかもしれない。俺をただの背景としてとらえるような視点の定まっていない虚ろな瞳、薄く開いた唇から漏れる消え入りそうな呼吸音、どこをとってもいつものこいつらしいところなんてなくてまるで人形のようだ。もし技を出して誰かにこんな姿を晒すことになるなら、俺だってきっとぎりぎりまでだそうとはしないだろう。きっと惨めに思われる、不必要なほど心配される、気遣われて、その優しさに嫌な気はしないけれどそんな環境は息苦しくて仕方ないんだ。でもそれなのにこいつはその気持ちすら捨てて背中にそれを背負った。力不足な自分を叱責するのと同時に俺は今のこいつを何が何でも守らないといけない。きっと威力が大きい分体力の消耗も激しいに違いないのだから。嗚呼、顔色が悪い。少し休んだ方が良いと手を貸そうとすれば、パシンと乾いた音が辺りに響く。差し出した左手がじんじんと痛む。いや、本当に痛いのは手なんかじゃないけれど。

でもそれと同時にふわりと白い体がバランスを崩して地面へと倒れ込もうとする。「ゼロス!」咄嗟にその体を受け止めるとぎりぎり地面に体をぶつけることは回避出来たらしく鈍い音がすることは無かった。けれどその代わりに耳に届いてくるのはこめかみに汗を滲ませながら苦しそうに呼吸をするか弱い声。何なんだよこの術、他の奴が使う秘奥義だってかなりの威力があるけれど、疲労で倒れるとかを除いてここまで体調を崩すなんて滅多いにないというのに。あの少女、コレットが使ったときだって倒れたなんて聞いてない。ゼロス、お前、どれだけ無茶してたんだよ…!(そこまでさせないといけない状況に追い込んでしまったのは、こいつと一緒に戦っていた俺の責任ということが嫌というほど分かっているから、無力な自分にどんどん怒りが湧いてくる。嗚呼何でこんなにも無力なんだ、どうして守ってやれなかった?こいつは、こんなにも苦しんでいるのに、俺は何もしてやれない…!)ぐっと握り拳をつくって唇を噛み、見た目よりもずっと軽い体を担ぐ。とにかく休ませないと、確か近くに洞窟があった筈だ、それだけを思い歩を進め、決して大きくは無い洞窟にゆっくりとゼロスの体を横たえる。一応、と帯を外し自分の上着を下に敷く。ゼロス、思わずぽつりと呟いた言葉に、返事をする声は無かった。

嗚呼俺さま超格好悪い、体力を消耗仕切ってぼろぼろの姿を見られるのが嫌であの温かい手を振り払っておいて、何惨めに倒れちゃってんの?結局優しいあいつに迷惑かけてんじゃねの、ほんと、俺さまサイテー。嗚呼、ユーリ、もう愛想尽かしたよな?俺さまのことなんてもう嫌いになったよな?あ、もしかして最初から嫌われてたりしてな、はは、そりゃ傑作だ。予想外に強い相手を目の前にして自分のこと顧みず俺さまを守ろうとするような戦い方をするユーリを見て無性に怖くなったんだ。こんな風に自らを犠牲にするように敵に立ち向かっていって、いつかユーリが俺さまの前から居なくなってしまうんじゃないか、そう考えてしまったら自分の気持ちを抑えることが出来なくなって、いつの間にか使わないようにしていたあの力を発動した。自分でも背中に生えるそれを久しぶりに見た気がする。出来ればもう見たくなんて無かったけど、ユーリが傷付くのだけは耐えられないんだよ。俺さまがユーリを守る、だから無理しないでくれよ。自分の所為で大切な奴を失うなんて、もう絶対に御免なんだ。あんな想い、それこそ死んでもしたくない。嗚呼ごめんなユーリ、俺さまちょっと迷惑かけるかも。でも、絶対に自分を責めるようなことはしないでくれよ。お前が傍に居てくれるだけで良いんだ。だから、だから、どうか泣かないでくれ。ユーリ、意識が途切れる寸前、声にならない声で小さく名前を呼んだ。

何だか随分と楽になった気がするけど、どのくらいの時間が経ったんだろうか。1時間?2時間?それとも案外30分くらい?あ、3年とかだったら笑えるかも、そんなクダラナイことを考えながらまだ少し重い瞼を少しだけ開いた。最初に視界に入ってきたのは視界一面の土で出来た壁。まあ、流石に三年では無いらしいな、そう思って頭をゆっくりと見渡して辺りを見渡すと、少し離れた場所、多分洞窟の入り口辺りだろうところにいる黒い何かが視界に入った。何か、だなんて遠回りな言い方は無意味だろう。ユーリ。俺さまが今一番声を聞きたい人。……こんなにも情けないところを見せておいて口をきいてくれるだろうか、いや、話してはくれるだろうけど、以前のように親しく接してくれることはないだろう。それは死ぬほど嫌なことだけど、自業自得だから、もしそれをユーリが望むならそうするしかない。こうしてまだ傍にいてくれていることだけでマシだと思わないといけないのだから。嗚呼何でこんなにユーリに依存してるんだろうな俺さま。きっと傍から見れば気持ち悪いことこの上無いだろう。でもこいつは俺さまに対して何も無かった。媚びることも、蔑むことも、特別も、差別も、何もかもが無かったから、素でいることが出来たんだ。それにこいつは隠しごとはするけれど嘘はつかない。だから好き。安心出来る。その言葉の一つ一つを疑うことをしなくていいから、傍にいると言うことを純粋に楽しめるんだよ。

ユーリ、掠れていて聞こえにくい声だったけれど、ちゃんと聞こえたらしく大きく眼を見開いて直ぐに俺さまのところへ駆け寄ってきてくれた。痛むところは無いか?まだ辛そうだな…、と今までに見せたことがないくらいに必死で余裕のない表情をしながら俺さまに触れてくるユーリを見て、不謹慎ながらかなり安心したし嬉しいと思ってしまった。こんな風に気に掛けてくれるってことはまだ嫌われてないのかもしれない、まだ傍に居てくれるのかもしれない、そう思ったんだよ。実際ユーリは俺さまが目覚めてから水を汲みに行ったりする以外に傍を離れることは無かった。世話を掛けているのはやっぱり申し訳なくて自分が情けなくて堪らないけれどこうしてユーリが傍に居てくれるならと考えてしまうのだからもう救いようもない。嗚呼全く、俺さまってば本当にどこの乙女だっての。看病をしてくれているときにユーリからこの洞窟にはもう丸一日いて、今日で二日目に入ったことを知った。結構奥にいたから外に連絡することも出来ていないのできっと皆心配してるだろうな、そう話すユーリがあまりにも落ち着いてるから何かこう、急いで治そうという気持ちがあまり強くならない。でもまあきっと戻ったらリフィル先生辺りからのキツイ説教が待ってるに違いない。ロイドくん達も怒るだろうな。でも、今なら全部笑顔でスルー出来る気がするんだから俺さまってばホント現金な奴。


「悪かった、俺の力不足の所為で」


ぽつりとユーリが呟いた一言に頭がぐらりと揺れた。嗚呼ほらやっぱりそうやってお前は何も悪くないのに自分を責めるんだ。そんなの嫌だったのに、傷付くところなんて見たく無かったのに。分かってる、知ってる、これは俺さまの我が儘。誰だって自分の所為で誰かが傷付くなんて嫌に決まってる、だからこそその想いが絡まってこんな風になってしまうんだ。そんなの、誰に言われなくても分かってるんだよ。でもだからしょうがないだなんて割り切ることなんて出来ない、それが出来たら苦労したりしない。そいつのことが大切な分、好きな分だけ、どんどん糸は絡み合って想い合うほどに最悪な方向へと歯車は進んでいく。でも俺さまはそんなの御免だぜ?ユーリがこんな風に心配してくれて傍にいることを許してくれるなら、何が何でも俺さまはユーリから離れたりしない。狂ってる?別にそれでも構わない。例えユーリが俺さまが嫌いになっても俺さまは絶対にユーリを嫌いになったりしない。何かあったら絶対に守る。そこまで執着するのは歪んでると言うのなら、本望。だからユーリ、そんな泣きそうな顔しないでくれよ。俺さまは絶対にお前を嫌いにはならないから、何も心配することなんてないんだよ。直ぐにいつも通り元気になるから、もう少しだけ目を瞑っててくれ。次に目を開くその時には、元通りの俺さまを見せるから。大丈夫、大丈夫、何も恐れることなんて、ユーリが悲しむことなんて、何もありはしないんだよ。

俺さまを抱き締める体が温かくて、耳元で自分の名前を呼ぶ声が優しくて、無性に泣きたくなった。




(好きだぜユーリ。愛してる。だから俺さまがずっとお前を守るから)
(ゼロス、お前のことが好きなんだ。だからもう二度と、傷付けたりない)




thanks! h a z y



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