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□探偵さん、「私」を解決下さい
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身を翻して俺に背を向けたあいつはまるでダンスでも踊っているかのように優雅で綺麗で、近付いてはいけない、そんな雰囲気を持っていた。でも俺はあいつのことが好きだ。いつからこんな感情を持っていたのかなんて分からない。元々俺はそこそこ腕が良いと評判の探偵の助手としてこの無駄に大きなお屋敷で行われるお金持ちが集まってくるパーティに参加していただけで、あいつを初めて見たとき綺麗な奴だと思ったけれど、でもそれだけだった。周りにたくさん女の子連れてにやにやして、いかにも遊んでますって感じで、きっとどこかの財閥の御曹司とかそういうのなんだろうなって、正直あんまり良い印象は持っていなかったくらいだし。でも美味しい料理を食べているときもパーティにいた同い年くらいの奴と友達になって話しているときも、何故か俺はあいつから目を離すことが出来なかったんだ。俺、自分は顔だけで人を好きになったりとかあんまりしないタイプだって思ってたから正直驚いたぜ。でもそれよりも驚いたのは、あいつはたくさんの女の子と話しているときだって不意に物凄く寂しそうな表情をすると知ったときだった。あんなにも楽しそうに話しているのに、その瞳はずっと冷静で全然笑っちゃいないんだ。達観しているような瞳。綺麗だと感じたアイスブルーの瞳がやけに冷たく感じた。

良いか悪いかそのパーティは3日間行われる予定で、俺ももちろん助手ながらもちゃんと招待されてるわけだから2日はその大きなお屋敷に泊まることになっていた。1日目は流石に疲れてすぐに寝ちゃったんだけど2日目はあんまり眠たくなくてちょっと屋敷の中を探検してみようかと思って自分の部屋を出てやけに長い廊下を当てもなく歩いたり窓から見える月をぼんやりと眺めたりしてたんだ。でさ、ちょっと視線をずらして自分が居た3階のベランダから下を見たら視界に見覚えのある赤が映ったんだよ。自分でもなんでだか良く分からないんだけど、俺はそのときすごく自然にあいつだって思ったんだよな。階段を使って降りる時間すら惜しくて、思いきってベランダから下に直接建物の出っ張りとか使って降りようと挑戦してみたら意外に出来ちゃってさ、でもやっぱりそれなりに音とかしちゃってたみたいで俺が1階、つまりあいつの居る所まで下りて行ったらあいつが警戒するような瞳で俺のことを見てたんだ。あんまりにも警戒心丸出しで見てくるから俺も少し焦ったよ。確かにベランダから降りてくるなんて普通しないかもしれないけど俺はあいつとちょっと話がしたいなって思っただけなのに、って。でさ、あいつの俺に対する第一声、何だったと思う?

「俺さまを殺しに来たのか?」

だぜ?俺あんまりにもあいつが突拍子の無いこと言い出すからさ、可笑しくて可笑しくて思わず夜だってこと忘れて声を上げて笑っちまったよ。もっとこう、フレンドリーっていうかさ、ハロー、みたいなの想像してたからあまりにも予想外な言葉でギャップって言うのかな、取り敢えず似合ってないなって思ったんだ。夜に一人で佇む男を殺しに、って、俺そんなに分かりやすい事件今まで関わったこと無いし。あ、でもあいつそう言う事件は他の探偵に任せがちだから結構そういうケースあったりするのかもな。でも、やっぱりちょっとベタだと思う。それに罷り間違っても俺はそんなこと絶対にしない。人間が人間を殺すなんてあっちゃいけない、そう思ったから俺はこの道に進んだんだから。でもさ、俺、頭を使うことってはっきり言ってすっげえ苦手だから探偵とかそう言うの向いてないって自分で思うときかなりあるんだ。だからきっと計算とか使って理論的に事件を解決したりとかそう言うのは出来ないと思うんだよ、なら、それ以外の方法で俺は事件を解決に導ければ良いなって考えてるんだ。それが何かはまだちゃんと分かってないんだけどな。一応俺の師匠に当たる奴にも良く言われるよ、まだまだだって。そいつ、頭は良いし常に冷静なんだけど何か勘に触ること多い奴なんだよな。仮にも師匠だから本人には言えねーけど。俺がそんなことを思っている間にも目の前のそいつは相変わらず眉間に皺を寄せて厳しい表情をしているものだから俺は一度大きく息を吐いて言ってやったんだ。

「俺はお前と友達になりに来たんだよ」

てな。正直言うとどうして自分がここまで迷いもなくあいつの元に降りて行ったのか分からなかった。一度も話した事無いし、それ以前にそこまで近付いたことすらない相手をどうしてこんなに気にするのか俺自身良く分からなかったよ。何度も言うけど俺人を見た目だけで好きになったりとかあんましねーから尚更。でもいざ傍にいるとやっぱり自然と心臓が脈打つんだ。全然解けない事件を前にしている、それと同じかそれ以上に自分が冷静じゃなくなっていくんだ。ひらひらふわふわと風に乗って舞う赤に惹かれて、深く、それでも透き通った青に吸い込まれそうになって。俺の言葉を一ミリも信じちゃいないとでも言っているかのような仏頂面すら何だか愛おしく思えて。ああ、俺って自分が気付いていないだけで結構面食いだったのかな、なんて。夜独特の闇が俺たちの周りを包んでいく、その時、あいつが後ろ手に何かを持っているのに気が付いた。きらきらと光るそれは、俺が関わってきた事件の中で一、二を争うほど多く凶器として使用されているもの、ナイフだった。探偵の助手なんてしてるせいか普段からナイフを見るとどうしても嫌なことしか浮かばないんだけど、その時も例外に漏れず嗚呼嫌だって思ったよ。こんなに綺麗なこいつに持っていて欲しくないって、そう思わずにはいられなかったんだ。それに、何でこいつがこんな危ないもの持ってるんだろうって不思議でならなかったよ。少なくても今手に持つ必要はないのに。何でだ、どうして、分からない。

無意識に俺はあいつの方に歩き出していたよ。「おい、なんだよ」何でもない、ただ、何となく。「俺さまに近付くな」何でだよ、近付かないと、握手だって出来ないだろ?何をそんなに怖がってるんだよ。こつんこつん、あいつの声と俺の靴音だけが闇の中に響いて、嗚呼まるで今の俺は何かの事件の犯人にでもなったよう。もちろん俺は誰かを傷付けたり、ましてや殺そうだなんて絶対に思わないけど。あいつがナイフを握る手に力を込めたのが手に取るように分かった。もしかしたらこいつは誰かに命を狙われたりすることが少なからずあったのかもしれない。だから俺みたいな子供にすら警戒心を見せるし、パーティのときみたいに誰にも心を許していない瞳をしているのだろうか。「来るな!」さっきの俺と負けないくらいの大きな声であいつがそう叫んだかと思うと、今まで隠していたナイフが月の光を反射させてきらりと光り真っ直ぐに俺へと向けられた。でもナイフはほんの少し震えていて、あいつも唇を噛みしめていた。もうたくさんなんだよとでも言いたげに揺れる瞳。眉間に皺を寄せて、あいつは怒りを見せているつもりなのかもしれないけれど俺から見れば泣くのを必死に我慢しているように見えてならない。どうして我慢するんだよ、泣きたいなら泣けばいいだろ、ここには俺とお前しかいないのだから。それとも俺に見られるのが嫌か?ならもう部屋に戻るよ。だから、お願いだ。

「もう、傷付かないでくれ」

俺のその言葉にあいつは目をパチパチと瞬きして、二、三歩後ろに下がってふわりと身を翻した。「馬鹿じゃねえの」震える声に自分の心がやけに冷静になっていって、そこで初めて俺はあいつのことが好きなんだと気付いたんだよ。でもやっぱりいつこの気持ちを持っていたのかは今振り返って分からない。無自覚は怖いってこう言うこと言うのかな。少しでもあいつに近付けるように俺は静かに歩みを進める。ナイフは未だあいつの手の中で光っているのだろう。あれはそう簡単に手にしていいもんじゃないんだ。自分にあれを使って血に染まっていった人を俺は何人も知っている。あいつもその一人になってしまうかもしれないと考えただけで怖くて堪らない。失わなくて済んだ命、守れた筈の命を失うのが、一番俺は怖いんだ。こう思うのは俺の我が儘なのかもしれない。でもやっぱり、生きていて欲しいよ。

からんという音と共にナイフがあいつの足元に落ちて、その瞬間に俺は無意識にあいつの体を後ろから思い切り抱き締めていた。俺の方が背が低いから抱き締めると言うよりも抱きつくみたいになってしまったけどそんなこと気にしない。俺の頭の中は安堵でいっぱいで、「な、何してんだよ、こら!」と離れようと必死になるそいつに何度も良かった、ありがとう、と繰り返す。俺が想像できないくらいに辛くて悲しいことを体験しているのかもしれないのに、それでも生きることを選んでくれてありがとう。ううん、こいつがナイフを持っていたということは、自分に危害を加える者に対して対峙する気持ちがあったということ。なら最初から生きることを選んでいたってことなんだよな。嗚呼なんか俺、1人で勝手に想像して馬鹿みたいだ。でも本当に良かった。俺がぐずぐずと泣きそうになっているとその様子を見ていたあいつが呆れたように、それでも俺が今まで見た中で一番楽しそうで可愛い笑顔でふらりと笑って俺にこう言った。

「さすが探偵の助手だけあってちょー熱血、その上俺さまの演技も直ぐに見抜く洞察力もお見事だな、ロイドくん?」

「え、お前、何で俺のこと知ってるんだ?!」


探偵さん、「私」を解決下さい

(さあさあ、この謎が解けるかな?俺さまだけの名探偵くん!)



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