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□始まりの合図かしら?
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「離してって言ったら、離してくれる?」
「無理だろうな」
「そりゃ残念」
ゼロスの片腕を掴みながら、俺はにこりと笑って見せた。
自分でもこんなに嫌みの含んだ笑い方をするのは久しぶりだと思う。
でも、これぐらいしないときっとこいつは俺を見ないからしょうがない。
その証拠に今はその深い青には俺だけが映ってる。
優越感というか満足感というか何とも言えないものが俺の中を駆け巡る。
自分がこんなにも感情的な人間だったなんて初めて知ったかもしれない。
でも、まあ悪い気はしないな。
……目の前の赤いこいつは不機嫌というか困惑してるようだけど。
「えっと…ユーリ君?本当にそろそろ離してくれない?」
何かこいういう発言はおっさんぽくてしたくないけど、はっきり言って襲いたくなる。
いつもはうざいくらいに積極的なくせにこういうことには誰よりも臆病になるこいつ。
そんなとこがかなり良かったりするんだよな…。
はは、完全におっさんだな俺。まだ20代前半だってのに。
じゃあ、ま、おっさんはおっさんらしくつっかかっていこうかね。
「キス、してくれたら離してやってもいいぜ?」
「は!?」
あ、そのアホ顔良いな。
何というかいつもの着飾ったこいつじゃない感じで可愛いんじゃないか?
困らせたくなる奴ってのはこういう奴のこと言うんだろうな…。
そう内心で呟き、ゼロスとの距離を近くしていく。
当たり前のことながらゼロスはその行動に驚き後ろに下がろうとする。
でも残念ながら壁なんだなこれが。
そういう良い状況になると悪いことが頭に浮かぶのが人間の性ってやつで。
冗談だし困ってることなんて分かり切ってるけどここまで来たら本気でしてもらうってのも悪くないかもしれないなんて考える。
「嫌か?」
「い、嫌に決まってんだろ!なんでヤローにそんなことしなきゃなんねえのよっ。ほら早く離せ馬鹿!」
まあ、予想内の反応だな。
というか普通こうだろうけど。
でもそれで分かったって言って離してやれるほど俺は出来た人間じゃない。
それに悪いのはこんな楽しい反応するお前だと思う。うんそうに決まってる。
だからもう少し付き合ってくれよな。
「するのが嫌ってことは、俺からならしてもいいんだな」
「え!?ちょっと何だよそれ…ってユーリ!」
「ちょっと静かにしろ」
「………っ」
耳元でそう言えば、涙目になりながら俺を睨んで黙り込んでしまう。
怒るかと思いきやそうでもないらしい。
……そういうことされたら何というか色々OKされてる気分になってしまう俺はやっぱりおっさんなんだと思う。
(そういう状況にさせたのは俺なんだけどな)
というか、してしまっていいってことなのかこれ?
目の前の無防備なゼロスの姿に思わずしてしまいそうになる。
どうにか理性を総動員させていた時、俺は気付いた。
ゼロスの手がかなり強く握りしめられていることに。
(……それぐらい屈辱的ってことか)
何だかそれを見てしまうと冷静になっていく自分が分かる。
どうにかして距離を縮めたいと思うなんてまだ俺も子供だな、と苦笑しゼロスから離れる。
「そんな嫌がらなくても冗談だって。悪かったな」
本気だったことが伝わらなように、いつもと同じように笑う。
ゼロス曰く俺の笑い方は年下のくせに余裕ぶってて嫌らしい。
そういってもこれが俺だから治すに治せないんだけどな。
でも、どうやら今回は余裕を決め込んでいられないっぽいな。
まあやってないにしてもキスしようとしたんだからしょうがない。
俺を煽るような表情をしたこいつが悪い。うん。
……何かさっきから全部ゼロスのせいにしてる気がするけどまあいいか。
「じゃ、またな」
それだけ伝えて、当てもなく歩き出す。
やばい。なんか俺、全部ゼロスにしないと落ち着かないほど動揺してる。
はっきり言ってここまで好きになっていたなんて自分でも驚きだ。
今回のことだってちょっとからかってみて自分の気持ちが本当なのか確かめようと思っただけなのに。
なんだよ。ばっちり好きなんじゃねえか。
ああ、俺の馬鹿野郎!
(あいつへの想いが募っていく)
バタバタと去っていく後ろ姿をただ呆然と見ていた。
すっと唇に手を当てる。
別に何をしたわけでもないから、何が変わったわけでもない。
でも確かに違う。
そいうえばさっきから心臓がうるさい。
俺の体はどうなってるんだ。
落ち着けよ。何もしてないだろ。
そう、何もなかったんだよ。
…とくん。
「……………キス、か」
(あっても良かった……かも)