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□誇り高い貴方様へ
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夜も更けて誰もが眠りについたころ、ふと目を覚ました俺は何を考えるでもなしに甲板に上がった。
誰もいないだろうという俺の考えとは裏腹にそこには確かに誰かがいる。
暗くて顔は見えないがちらりと見えるピンクの服から大体の人物は見当がつく。
女好きで軽薄、そう言われていることしかしらないが俺は何となくこいつのことが気になっていた。
本当にこのゼロス・ワイルダーという男はそんな奴なんだろうか。
いつも噂を聞くたびに思う。もちろん俺の考えにすぎないから実際そうなのかそうじゃないのかなんて分からないが。
だから、今はそれを見極める良いチャンスなのかもしれない。
ここにいるということはこいつも寝る気は無いのだろうし少しぐらい付き合ってくれるだろう。
そう思い声をかけた。
随分と驚いた顔をした後、二、三歩こちらに近づいてきた。
ローズのような髪の色が今はその暗さを受けてマゼンダのように見える。
それはそれで良く似合うのはこいつが普段自分のことを自画自賛しているのがあながち外れではないということなのかもしれない。
実際、美しいという形容詞を男であるこいつに使うのはおかしいのかもしれないがそれ以上に似合う言葉が見つからないのだ。
「お前は確かユーリ君じゃね〜の?こんな時間にどうかしたわけ?あ、もしかして可愛いハニーと深夜のデートの待ち合わせ?でひゃひゃひゃ」
ああ、本当にこいつは惜しい。
その口だけどうにかすれば完璧だったのかも知れないのに。
逆によくもまあそれだけ言葉が出てくるもんだと感心してしまう。
「なあ、お前って疲れないわけ?いつもへらへらしてるフリしてさ」
ぴくりと笑顔が引きつる。見逃さないぜ。やっぱりお前はそういう闇の中を生きてきたんだな。
「俺サマはやりたいようにやってるだけ。お前には関係ないだろ」
「否定はしないんだな」
もう少しはぐらかしてくるかと思っていたからこの反応は意外だったけどそれはそれで面白い。
「俺サマのことが知りたいならやめといた方が良いぜ。興味本位で触れるときっと後悔するからな」
おおっと。それはまた痛いところを突いてくる。
確かに興味があるからというのが強かったけれど今はそうでもない。
こいつには俺が思っている以上の何かがある。
それを知りたいと思いだしてるんだ。いや、これも興味本位の中に入るか。
でも確かにいえるのは俺がこいつのことを割りと気に入ってるということ。
すっとゼロスの前に立つ。
俺よりも一つ年上で、俺よりも背が低いこいつ。
自然と見下げるようになり、少しゼロスはムッとした表情になる。
「俺サマを見下すなよガキ」
「……そんなつもりはないんだけどな。それより、後悔覚悟の上でお前のこと聞きたいんだけど」
この上なく嫌そうな顔をしたと思ったらくるりと後ろを向いて、お前には関係ないだろと呟いた。
その時の声があまりにも小さくて頼りなくて驚く。
でもそれ以上に驚いたのは、不覚にも心臓が不規則な動きをしたこと。
そんなこと冗談でもあっちゃいけない。
頭では分かってるが、どうしても自分の心臓は元に戻ってはくれない。
雲が流れ、月がゼロスを照らす。
マゼンダはローズに戻り、白い肌が浮き上がる。
そしてうっすらとあるものが見えた。
「………羽?」
それはオレンジかマリーゴールドか。はたまたミモザか。
どれにしても暖色の輝きが、確かに目に映った。
俺の声が聞こえていたのか、ゼロスがこちらを向いて皮肉そうに笑った。
「これは、美しい俺サマにぴったりの美しい罪。俺サマはこれに一生囚われて生きていくんだ。その気持ちはお前には到底分らない」
ずしりと言葉が重い。言葉の枷のように俺にのしかかる。
この羽がゼロスの罰と言うなら、この言葉が興味本位で近付いた俺への罰か。
なんて重い。些細な一言がこんなにも響く。
でも絶望と共に、ふつふつと胸が騒ぎだす。
それでこれから俺はどうする気だと、自身に問いかけてくる。
済まなかったと言って終わらすか?それはとても聡明で温和な終わり。
それでも、と言葉を続けるか?それはとても愚かで突発な始まり。
どちらにしてもゼロスにはいい迷惑に違いないか。
でも、しょうがないんだ。
「おい、ゼロス。その罪分けろ」
「は?何わけ分かんないこと言ってんだよ…」
まあ妥当な反応だわな。
でも俺は決めた。お前が罪の道をあるくというのなら、俺もそれに付き合うまでだ。
なぜここまでこいつに入れ込むのかなんて俺にも分からない。
けれど、こうしないと俺の心が納得しちゃくれないんだ。
「俺サマは同情してほしくて言ったんじゃない。一緒に背負って欲しいわけでもない。それも分からないような奴にそんなこと言われたって迷惑なんだ。
もういいからほっとけよ!」
一息でそう言うと、バツが悪そうな顔をして俺サマはもう部屋に戻るから、とだけ言い残し俺の目を見ることなく屋内に向かって歩き出した。
ゼロスのその言葉が本心なのかいつもの冗談なのかなんて誰でも分かる。
傷を軽く触れられるだけでこんなにも思いを吐露してしまうぐらいこいつの心は弱くなっている。
こいつのことに気付いたのは俺だけじゃないはずだ。きっとあの熱血な少年も同じ立場である少女もこいつを気にかけ手を差し伸べただろう。
それすらも振り払ってきた結果がこんなことに繋がったのかもしれない。
いままでの生き方が誰かに救いを求めることを遮断して自らを崖っぷちに追い込んで。
その先に幸せなど無いと分かっているのにどうしようもなくて。悪循環の繰り返し。まさに悪夢だ。
それを断つように俺は言葉を発する。
「俺はお前の傍にいる。何があってもだ」
ゼロスは歩みを止めない。
真っ直ぐに入口を目指している。
でも俺は気付いてる。その歩みがゆっくりになっていることに。
それで十分。今はそれだけでいい。
「まだお前の気持ち全ては分かっていない。だけど、お前を想っているのは確かなんだ」
入口に着く。
決してこちらを見ようとはしない。
まだこいつにも捨てられないものが山のようにあるのだ。
俺なんかには分からない、重いもの。
きっとだからここでこいつが足を止めていてくれてるのは、大袈裟ではなく奇跡に近いこと。
だから俺は伝える。少しでもゼロスに伝わるように。
「お前を一人にはしない」
静寂に包まれる。
言葉は途切れ、風の音も波のざわめきも全てが聞こえなくなる。
その静寂を破ったのはゼロス。
振り返るわけでもなく独り言のように呟いた。
「………俺サマは救いなんて求めない」
かたんと音がして、甲板には俺一人残った。
力が抜けずるずるとしゃがみ込む。
そこまで熱いわけでもないのに頬に汗が伝う。
でもそれ以上に、あいつへの想いが募っていく。
すっと空を見る。そろそろ明け方も近いのか、うっすらと明るくなってきている。
それがあの羽の色を思い出させる。
掴むかのように、それにむかい手を伸ばした。
(守りたい、)
瞳から溢れたあたたかいものの理由を、俺はしらない。