MAIN

□空似の二人
1ページ/1ページ


「お兄ちゃん!」


「お兄さま!」


きらきらと酸っぱい檸檬とふんわりと甘い苺、そんな感じの印象を持たせる二人の少女が同時にこちらへ振り返って愛らしい笑顔で自分たちを呼んでくれる(片方の少女は少し恥ずかしいのか頬を朱に染めているけれど)、それはかなり贅沢で幸せな瞬間であり、戦いばかりの毎日の中の数少ない本当に心休まる時でもあるのだ。いつもと少し状況が違う分、何だか少し新鮮な感じだけれどそれも良い。というよりも、可愛い可愛い自分の妹が傍にいてくれるなら何でもいい。そんな感じ。思わずにやけそうになる頬を抑えてちらりと横を見れば、俺さまと同じかそれ以上ににやにやとしているヤンキー風な男が目に入る。こいつ、一見するといかにも柄が悪そうだし実際口悪いけど実は俺さまと同類だったりするんだよな。


清潔感溢れる白を基調とした服を着こなしてすらりとした脚を惜しげもなく晒している艶やかな黒髪の少女、コハクちゃんにべったり甘甘な超シスコン兄貴。それがヒスイ、こいつってわけ。まあ俺さまも人のことどうこう言えないくらいのシスコンなんだけどな。だって見てみろよあの林檎みたいに赤い顔!一途さが滲み出てるじゃねえの。肩で切り揃えられた桃色の髪が落ち着いた茶色のスカートと一緒にふわふわと揺れてる姿とかかなり可愛いと思わね?「おいゼロス、荷物が落ちかけてんぞ。気持ちは良く分かるけどな」にやにやと笑いながらヒスイが俺さまにそう言った。確かに食材が入っている袋はずるずると地面に付きそうになっている。おっと俺さまとしたことが。そう、俺さま達は今兄妹でのWデートをしているわけでなく食料の買い出し組。俺さまとヒスイは所詮荷物持ちってとこ。


「俺さまこんなに荷物持ちが嬉しかったことってねえわ」「おお、同感」傍から見ればにやにやしてて怪しいだろうけど、抑えられないものはしょうがないだろ?後でセレスとコハクちゃんにパフェでも御馳走してやろうと思っていると、ヒスイが不思議そうに俺さまの方を見下ろしてくる。くそ、俺さまよりも年下の癖に何でそんなに背がでけえんだよ、ムカつく。こいつといいヴェイグといいモーゼスといい最近のガキは身長ばっかしひょろひょろ伸び過ぎなんじゃねえの!まあ背が高いばっかしで俺さまみたいな色気が無い辺りまだまだお子様ってことなんだろうけど?「ってかヒスイくんてばこっち見過ぎ」理由も分からずじろじろ見られるのはあんまり良い気分では無くて、あえて少し尖った言い方で批判した。


「いや、お前も結構可愛いと思ってな」


は、と思わず生返事。可愛い?誰に向かってそんなことを言ってくれちゃってんのかなヒスイくんてば。俺さまはこの世界の誰よりもセレスを愛している超格好良いお兄さまだから罷り間違っても可愛いだなんて認識持たれる筈ないんだけどな。ちょっと、何でそんなに良い笑顔してるんだよ。それはコハクちゃん専用じゃなかったわけ?野郎の俺さまに使うのは何にしろおかしくね?おいおいおいおい、ちょ、ヒスイさん、顔近くないですか!人通り少ないとはいえここ普通に外だしちょっと前でセレスとコハクちゃんが自分のお兄ちゃんが何をしようと、何をされようとしているのか気付かずに無邪気に微笑んでるんだぜ?ぐっと腕を掴まれて一瞬で路地裏に連れ込まれて壁に体を押し付けられる。おいおい、何だよこの状況!洒落になんねえって、おいヒスイ!


乾いた唇を押し付けられて上手く息が出来なくて苦しい。何で何で、何でこんなことしてんだよ。可愛い妹ちゃん達に見られたらどうするつもりなんだよ、「あれ、お兄ちゃん達いないね」「お兄さまったら、またふらふらして!」ストップ、今回ばかりは誤解だぜセレス。お兄ちゃんてば愛しいお前の傍を一時も離れたくなかったんだけど、何かの拍子に頭のネジが一本外れちまったヤンキー青年に捕まっちゃったのよ。


相手は野郎なんだからと自分に言い聞かせても体は正直なのかじわじわと全体が熱を持ちだす自分の体が恨めしくてしょうがない。ていうか、何でこんなにキス上手いわけ?コハクちゃーん、君のお兄ちゃん結構遊んでるんじゃね?え、もしかして俺さま遊ばれてたりして。偶には男ってのも面白いか、とかそんな程度の気持ちでこんなことされてる、とかだったらどうしよう。いやいやいや、べっつに俺さま経験豊富なお兄さまだからそんなことぐらいで一々動揺なんてしないけど?考えてみろよ、本命だって言われた方が困るだろ普通。だからてけとーに受け流して気持ち良いコトして貰えてラッキー程度に思えば良いんだよ。さっすが俺さま、良い解釈するぜ。嗚呼でも、そろそろ離して貰わないと息が出来なくて苦しいんですけど…!


「んん…っ、ヒスイ…」


どうにか名前を呼んでぎゅうっとヒスイの服を掴む。離してくれという訴えが通じたのか、ただ単に満足しただけなのかは分からないけれど、ふっと笑って俺さまから唇を離してするりと頬を撫でてきた。な、何だよその笑み!俺さまちょっと馬鹿にされちゃったりする?!「あ、こんなところにいた!」ちょっと怒っているようなそれでも可愛い声が路地裏に響く。まあそりゃ行き成り消えたら怒るわな。お、横で立っているセレスも唇を震わせて泣きそうな顔になってる。こりゃ随分心配させちまったみたいだな。でもさっきから弁解している通り俺さまだって好きでこんなとこにいるわけじゃないんだぜ?このキス魔が急に…!


「お兄さま…、泣いてますの…?」


不安そうな声でそう言ってセレスが俺さまに近付いてきた。そっと自分の目に手を当てれば確かに水滴が付いている。きっとキスが苦しくなって自然に涙を溜めてしまったんだろう、でもそんなこと言える筈もなくて「え、いや、ちょっと目にゴミが」とか言って俺さまらしくもない下手くそな言い訳を並べる。ヒスイも焦っているのか顔が引き攣っている。おい、お前の所為だぞ、何とかしろって。一部始終を見ていたコハクちゃんは一つの結果に辿り着いたらしくずんずんと寄ってきてヒスイに向かって「お兄ちゃんの馬鹿!」と叫んだ。


「お兄ちゃんがゼロスをいじめたんでしょ!もう、どうしてそんなことするの!」


いじめた、という表現は何だか俺さまが弱いみたいに聞こえるけど、まあ正解だろう。キスしていじめられた、みたいな感じ?的確な答えを付きつけられて慌てふためくヒスイを見て俺さまはにやりと笑う。そしてわざと傷付いたように声を小さくして「ヒスイくんて、乱暴だな」と漏らす。その俺さまの言葉にセレスとコハクちゃんの周りの空気がざわついてきているのが手に取るように分かる。おお、女の子の怒りって本当に怖いわ。敵に回してこれほど恐ろしいものって俺さま他には無いと思う。


「お、おいコハクにセレス。落ち着けって、俺別に乱暴なことは…っ」


「ことは、でしょ!」


「お兄さまを泣かせるなんていくらヒスイさんでも許せません!」


二人の愛の籠もった説教を文字通りしっかりと体に受けて反省しろよなヒスイくん。コハクちゃんの足技はくらい慣れてるかもしれねーけど、セレスの魔法を喰らうのは初めてだろう?子供だからって嘗めてかかってたらきっと酷いことになるだろうからせめて必死に防御技でも発動させることだな。二人のお仕置きが終わってもし生きてたらファーストエイドくらいはかけてやるよ。うわ、自分の唇奪った相手に慈悲かけてやるなんて俺さま超優しくね?じゃ、ま、それまで俺さま一人で買い出し終わらせてくるから精々頑張れよキス魔のヒスイくん。ああ、それともう一つ。


(ムカツクことに、ヒスイくんのキス、嫌じゃ無かったぜ?)


thanks! wizzy



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ