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□全て委ねて離さないで愛で
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プルルル…、先程淹れたばかりのコーヒーをゆっくりと飲みながらカーテンの隙間からちらりと外を見る。もう午後9時を過ぎているから外は真っ暗な筈だけどちらちらとその闇に混じって白い、ほわほわとしたものが降っているのが良く見える。俺はそれが嫌いじゃない、言ってしまえば逆に好きなくらいなんだけど、俺の良く知っている奴、今電話を掛けている奴なんだけど、そいつは雪が大嫌いらしい。トラウマ、頭の良い友達に教えて貰った言葉で言うとえーと、しん、が、、あ、そうだ、心的外傷ってやつなのかな。とりあえず雪を見るともう駄目らしい。以前そいつからそう教えて貰ったんだ。だから心配で堪らない。テレビであいつのいるところはここ以上に酷い大雪に見舞われていると流れていたから尚更。何回目かのコールが流れる。あ、もしかしたら寝てるかもしれない。あいつ俺には話そうとしないけど何かと忙しそうにしてるし疲れだって溜まってる筈だ。なら起こしてしまわないうちに早く切った方が良いか、そう思って耳から受話器を離そうとしたとき、「もしもし、ロイドくん?」と聞き慣れた声が返ってきた。

「うん。俺だけど、ゼロス、お前、大丈夫か?」

「俺さまは別にいつも通りだけど…、そんな焦ってどうかしたわけ?」

自分でも分かるくらい切羽詰まった声になっていたのだからゼロスにしてみれば何事だという感じだろう。声を聞く限りいつも通りだけど、雪、平気なんだろうか。平気ならもちろんそれでいい、俺の杞憂で済んで嬉しいくらいだ。でもこいつは自分の辛いのも苦しいのも悲しいのも怖いのも全部隠す癖があるからそう簡単にほっと出来ないんだ。俺にぐらい素でいてくれても良いのに、そう思わずにはいられない。こんなとき直ぐに会えないのが歯痒くてしょうがない。俺にだって言ってもらえないと気付けないことがある、だから電話越しが限界があるんだよ。抱き締めたくてもそれが出来ないのもすごく辛い。あいつに想いを告げてから俺があいつを守ると決めているのにこんなんじゃ全然守ってやれない。黙り込んでしまった俺を不審に思ったのかゼロスが「ロイドくん?おーい、」と俺の名前を呼んでくる。ゼロス、今お前どんな表情してる?俺のこと心配して不安になってる?それとも変な奴だって笑ってる?分からない、分からないんだ。駄目だよな、お前のこと好きならこれくらいのこと汲み取ってやらないといけないのに。嗚呼、ゼロス、ゼロス。

「会いたい」

向こう側の空気が一瞬張りつめたような気がする。これ、言っちゃいけなかったのに、俺。嫌別にそう言う約束があるわけじゃないけれど会いたいなんて言葉にしてしまったら一気に傍に居ないことへの寂しさが込み上げて来てしまうからお互いに言わないようにしていたのに。ごめんゼロス、でもどうしてもこの気持ちを抑えることは出来無い。俺はお前が好きで堪らないんだ。好きで好きで、やっぱりお前には傍に居て欲しいと思ってしまう駄目な奴なんだよ。会いたい会いたい、お前の顔が見たいよ、お前に、触れたいんだ。電話越しにカンカンカンカン、と踏み切りの音がする。あ、家に居るんじゃなかったのか。もしかしてまだ仕事途中なのかもしれない。ならそれこそこんな弱音吐かれたら迷惑以外の何者でもないだろう、そう思って「急に電話掛けてごめんな、ちょっと声聞きたくなっただけなんだ」と出来るだけ軽い声で誤魔化せば低い、怒ったような声で「何で誤魔化すんだよ」と突っ掛かれてしまった。嗚呼もう本当に俺どうしようもない。雪の心配して電話掛けたつもりが俺の方が心配されてその上怒らせてしまうなんて。

「会いたい、と思ったらいけないのか」

「…え?」

「俺さまだって、会いたいと思った。雪、降ってるし、寒いし、寂しいから、ロイドくんに会いたいと思った」

「え、おい、ゼロス?ちょっと落ち着いて、」

咳を切った様に俺の上に降り積もる言葉にゼロスも会いたいと思っていてくれているのかと嬉しいと思う反面、どうしてこんなにも急に取り乱してしまったのだろうとこちらが困惑してしまう。やっぱり会いたいなんて言わない方が良かったのかもしれない。どれだけ互いを思ったところで、そう簡単に会える距離じゃないんだ、寒くても寂しくても、直ぐに傍に行ってやることは出来ないのだから。「だから!」一際大きなゼロスの声に、こんがらがった思考回路が一気にぴしっと真っ直ぐになったような感じがする。「ゼロス、」自分を落ち着かせる為に名前を口にするけれどそれはどこか震えていて格好悪いことこの上無かった。

「だから俺さま来ちゃったのに…、ロイドくんが誤魔化したら、俺さまどうすりゃいいんだよ…」

その言葉が、確かに耳に届く。中々出なかった電話、聞こえてきた踏み切り、まさか、まさかまさか。返事をするのも忘れて受話器を握りしめたまま玄関へとばたばたと走っていき勢い良く扉を開けると、闇の黒にも雪の白にも交わらずにひらひらと風に乗って靡く赤が視界いっぱいに広がった。勝手に腕が伸びて目の前でぽかんとしているそいつを力いっぱい抱きしめていた。冷たい、震えてる、なあ、ゼロス、お前、いつからそこにいたんだよ。馬鹿野郎、何でここまで来たのにたった一度インターホンを押すことをしないんだよ。馬鹿、馬鹿、俺よりもお前の方が、絶対に馬鹿だ。「ロイドくんてば子供体温であったかい」「部屋に暖房掛かってるからだろ」いつもの軽口も無視して、これ以上こいつの体が雪の冷たさに触れないように強く強く抱き締める。さっさと部屋に入れたやるべきだと頭では分かってた、でも、自分の体がこいつを抱き締めたまま離そうとしないんだよ。

「会いたかった、ゼロス。もう離したくない」

「でひゃひゃひゃ…っ、大胆な発言だなあハニー」

まあ、俺さまもだけど。そう言って俺の首に手を回して抱きついてくるゼロスの体は不思議ともう冷たくは無くて、ふわふわと雪の中でも温かくて優しかった。雪、ゼロスには悪いけどもう少しの間このまま降り続いてはくれないだろうか。もう少しだけ、せめて今日だけでも、ゼロスの傍にいることを許して欲しいんだ。誰に許しを請うているのか、それは分からないけれど。我が儘を言えばこのまま積もってしまえば良い。電車もバスも動かなくなって、ゼロスが帰れなくなったら、はは、なんてな。ゼロスにはゼロスの生活があるんだ、確かに寂しいけどしょうがないから良いんだ。まあ今の今まで会いたくて仕方ないだの離したくないだの言ってたらこんな言葉、説得力皆無なんだけどな。うん、でも、今だけはどうか、このまま。ふわふわ、揺れる赤が愛おしくて堪らない。電話越しじゃなくて、ちゃんと顔も見れて触れて綺麗な笑顔を見れることが出来る、この瞬間は俺にとってとても大切で掛け替えのないものなんだ。雪が止んで日が昇れば俺たちはまた直ぐに会えない遠い関係になってしまうけれど、それでもいつも心だけは直ぐ隣に、そうだよな、ゼロス。


全て委ねて離さないで愛で


thanks! 38℃の欲槽





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