ANOTHER ROOM

□追憶
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すぐ側で始祖の隷長の断末魔が聞こえた。
もうすぐ、終わるな。
体を真っ赤に染めた彼女に俺は笑いかけ、ギリギリのところで繋がっているであ
ろう彼女の体を抱き起こした。
彼女―キャナリはふわふわの金髪に太陽の光を吸い込ませて笑うと、俺に言った


「あなたは、生きて」

太陽が雲にさらわれる。
まるで地上から光を消すかのように太陽は姿を隠し、変わりに大粒の雨が降り出
した。
それでも消えることのない特殊な術式の炎は雨を受けて尚あざけ笑うかのごとく
揺らめいた。

俺は笑った。
なんて残酷なんだと。
ひとしきり笑って俺の記憶はそこから真っ黒になっているからあぁ死んだのだと
理解した。

しかし今この理解した、自分は誰なのだろう。
死んでいるはずなのに。もしかしてあの世だろうか?

「目が覚めたか」

そう言われ、ゆっくりと重たい瞼を持ち上げるとそこには見慣れた顔があった。
いつからか冷えていった眼差し。忘れるわけが無いその顔。

俺は絶望した。
生きていることに。





―追憶―






肉親も知り合いと呼べるような人間も誰もいなかった俺は宛ても無く騎士団に入
団した。
ここなら死ぬことはあっても食いっぱぐれることはない。
その頃の俺はいつ死んでもいいと常日頃思っていた。だが、かと言って死にたい
わけではない。
生きていれば腹が減る。
なんとも単純明快、一番満たしたい欲求は食欲だった。

そんな俺に騎士団はうってつけだった。
ただひたすらに訓練をし、飯を食べ、寝る。
貴族出身の同期生達がやたらとインネンをつけ、殴られることはあったが別にど
うでも良かった。
そりゃあ痛い。でも死ぬわけでもない。いつ死んでも構わないとも思っている。
いつものように殴られた箇所を簡単に手当てし、無人の医務室を出た。
その瞬間に思いっきり女に引っぱたかれたのは今となっては結構な笑い話だ。

「どうしていつもやりかえさないのよ」

女は詫びるでもなく開口一番そう言った。
他人にまったく興味がないと言っても過言ではない俺でもこの女のことは知って
いた。

「成績一位の女」

思ったことをそのまま口に出せば女は顔をしかめた。

「認知してくれているなんて光栄だわ。成績二位の人」

しかめた顔のまま唇だけを吊り上げこちらを見る。笑っているつもりなのだろう
か。

そのままぼうっと女の顔を眺めていると一番強くやられた腹部を急に殴られた。

「…っ!!」
「痛い?」
「…そりゃ」
「あなたいつも何処かに怪我をしているせいで本気で訓練に望めていないわ」
「………」
「それじゃあ私がつまらないの」
「…?」
「追い越してくれるような人がいなきゃつまらない、って言ってるのよ」

随分と勝手な言い分だ。
俺は意味がわからずに首を傾げる。

「聖なる活力、来い!ファーストエイド!」

女が詠唱すると俺の腹部の痣が多少消えた。
「治癒術…」
「うーんやっぱり駄目ね。初めてじゃ」
「はっ…はじめて!?」
「そうよ」

治癒の術式は難しい。
そのため治癒術師は大変重宝されてきた。
やはり人間の自然治癒能力にまかせていたら騎士などやっていけないのだろう。
しかしその利便性の裏、治癒術は未熟な者がやると大変危険なのだ。
今この女は初めて、と言ってのけたのを俺は忘れていない。

「お前っ術式失敗したらどうしてくれるんだよ!」
「あら」
「はぁ?」
「あらあら」
「………?」
「あなた、死ぬのイヤなの?」

息が止まるかと思った。
目を見開く俺を無視して女は続けた「いつ死んでもいい、と思ってるんだとばか
り」、と。

「そうだな」
そうだった、はずだ。

「これからあなたは私の治癒術の練習台になりなさい」
「断る」
「そう言うと思ったわ」
「わかっているならもういいだろ」
「そうね。じゃあ賭けをしない?」

人の話を聞かない女だ。
溜息をつきたいが我慢した。どう考えても話がややこしくなるからだ。

「どういうことだ」
「あなたが私を抜いて三ヶ月以内に成績一位になったらなんでも言うことを聞く
わ」
「三ヶ月以内にあんたを追い抜けなかったら?」
「その時は…そうね、私の言うことを一つ聞いてもらうわ」
「………」
「どう?退屈な毎日にこれくらい刺激があってもいいんじゃない?」


退屈な毎日―それもそうだなと思ってしまった。

そして
「女、のってやるよ」
俺はその賭けにのった。

女は不敵にニヤリと笑うと言った。

「私の名前は女じゃないわ。キャナリよ」
「俺は…」
「いいわ。知ってるから」

ふふ、と短く笑って高く結い上げられた癖っ毛の金髪を揺らすその姿がやけに瞼の裏に焼きついた。


キャナリ・ライオット


俺は、この名前を一生忘れない。


忘れられないんだ。



next...?

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