捧げ物

□激情
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淀む空気に、視界を埋め尽くす死人の死臭が、否応もなく鼻につく。
ここは冥界。
ハーデスの支配する死後の世界。
聖戦にて一度はタルタロスの掟が崩壊しかけたものの、先の同盟にて安定を取り戻しつつあった。
山の如くあった仕事はパンドラ及び三巨頭達幹部の並々ならぬ尽力によりこちらも大分落ち着き始めている。
そんな彼等もつい先日、ヒュプノスを通しハーデス直々に休暇を出され、つかの間休息を各々過ごしていた。
黄金聖闘士に宮があるように、三巨頭にもそれぞれの宮が存在する。
だが、聖闘士の守護する宮とは異なり、この宮はいわばプライベートルームのようなものである。
そんな三つある宮のひとつ、ラダマンティスの宮にもう一人の三巨頭が来訪していた。
使用人や雑兵は一人もいない。
ラダマンティスは一人を好む傾向が強く、彼をよく知る部下や他の者も滅多な事では近寄らない。
ただ一人を除いては。
とある一室。
灯された仄かな明かりがベッドに横たわる二人の姿を浮き彫りにする。
身には何も纏てはおらず、乱れたシーツがことを物語っていた。
荒い吐息が時折空を震わせてはいたが、それも直ぐに収まる。
ミーノスはゆっくりと上半身を起こす。
ラダマンティスは横になったまま身動きひとつせず、ミーノスに背を向けたままだ。
ことの後の独特の空気が室内に充満している。
しかし、それも長くは続かなかった。

「……ラダマンティス。起きているのだろう?」

指摘にも、ラダマンティスは返事を返さない。
薄く開かれた双眼はどこを見るでもなく、すぐにまた閉じられた。
ミーノスはベッドサイドテーブルに置きっぱなしにされていたグラスを手に取る。
半分ほど残されていた琥珀の液体に自身の顔がうつしだされている。
軽く口をつけ、中のものを飲み下すと、グラスを元の位置へ戻し、ベッドへと体を横たえた。
背を撫で上げれば、ラダマンティスは一瞬体を強張らせたが、すぐに諦めたように息を吐く。

「……やめろ」

口先だけの抵抗。
しかし意外なことに、体を撫でていた手がすんなりと引き下がった。
代わりに背後でくつくつと喉の奥で笑う微かな声が漏れ聞こえてくる。

「何がおかしい」

「いや、お前は本当に素直だと思ってな」

「……」

あくまでも返答をする気はないらしい。
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