捧げ物
□うつつの花
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風に吹かれて散る花。
うつつの夢は儚く脆く、桜の花弁が散る様は人の命の散る様に似ている。
ふわりと立ち上る桜の香りに松永は盃を口に運びかけた手を止めた。
頭上には満開とは言い難い僅かな花が咲いていた。
「満開だと思ったんだけどなぁ」
慶次は残念そうに呟いた。
再度訪れた乱世に会う機会もめっきりと減ってしまい、二人が顔を合わせるのは半年振りだった。
今は春。
花見をしようと言い出したのは慶次であった。
常日頃世話になっている軍神から遠出をして来たらどうだと言われ、慶次は松永の根城へと足を運び、会った開口一番に飛び出た言葉がそれだった。
松永にも都合はある。
が、慶次が提示した日には調度なんの予定も入ってはいなかった。
しかし全てが全てうまくゆくはずもなく、桜は六分咲き。
咲いている花は少ない。
全体をみれば蕾が目立つ。
「もうちょっと後に来れば良かったなぁ」
お握りを頬張りながら箸を持つ右手で重箱の中にある沢庵を取ろうとする。
箸が滑りなかなか掴めないためか、むきになっている。
松永はそんな様子の慶次が何故かとても和やかに見えた。
「落ち着け慶次。沢庵は逃げたりはせぬぞ?」
喉の奥で低く笑えば慶次は不機嫌な表情をする。
それでも諦めずに掴もうとしたのだが、その必要はなくなった。
「あぁ!こらっ!俺の沢庵!」
夢吉は沢庵を小さな両手でしっかり持つと、一口かじりついた。
取り返そうとする慶次の周りをくるくると逃げる。
松永はそれを微笑ましそうに見詰めていた。
ややあって夢吉は慶次の隙をついて松永の肩に登ってしまった。
「勝負あったな」
盃を傾け酒を飲む。
肩に乗る夢吉の頭を指先でかくと、嬉しそうにすりよって来る。
沢庵を食べ終わると小さな体を丸めてそのまま寝入ってしまった。
頬を膨らませ不貞腐れていたが、それでも松永の楽しげな顔を見て、慶次の表情も穏やかに変わってゆく。
「たまにはこういうのもいいな」
「あぁ、そうだな」
二人は桜を見上げて満足そうに微笑んだ。
花よ桜よ散る時よ待て。
いずれ来る終わりならば、今せめてその花を愛でよう。