そのた
□一本ちょうだい
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今日もこの時間になると潮風に乗って彼を知らせるにおい。
それが合図のように、私は立ち上がって彼の元へ足を運ぶのだ。
私の嫌いなにおいを、ささやかに鼻歌でも歌って辿るのだ。
「まーた煙草」
海を見つめて紫煙を燻らせる彼の背中に声をぶつける。
彼は待ってましたとばかりにすぐに振り返ってにかっと笑う。
「名無しさんちゃん!」
彼、サンジは私にかわいいだとか海より深くどうだとか今日も会いにきてくれると思って無かったとか嬉しげに、そして矢継ぎ早に言うけれど、私が今日もここに来るって確信していたに違いない(何となくそんな気がする)。そう思うと途端にうさんくさく感じるけれど、でもサンジの笑顔を見ているとそれでもいいかと思う。そんな些細なことは。
「…ねえ、」
中身の無い愛の言葉は聞き流し、彼がやっと大人しくなってきたところで問い掛ける。
「煙草って、おいしい?」
彼は一瞬間を空けて、そして短く笑う。
…その顔、すき。
「おいしいっつー訳じゃないけど…何、吸ってみたいの?」
すぐには答えず、横目でじっと彼の顔を見てみる。
サンジは私のすきなその表情で、私と同じようにじっと私の返事を待っていた。
「一本ちょうだい?」
「へぇ、珍しい」
煙草嫌いなんじゃなかったっけ?
彼の言葉にこくんと縦に頷いて早く頂戴と促す。
慣れた手つきで出された一本の煙草を受け取り、彼が吸っているものと交互に見る。
「火、」
ちょうだいと言わないうちに、どうぞと同時に点けられた火。
私の手元から、すぐに彼のと同じ紫煙が立ち上る。
…煙たい、きらい。
もう一回、面白そうに私を観察する彼をちらりと見て、真似するように煙草を咥える。
「っ、げほっ、げほっ…」
一息吸い込んだ瞬間私は咳き込んでいて、そのまま咳はしばらく止まらなかった。
サンジが大笑いするのが聞こえて、何だか悔しいやら苦しいやらで煙草は思い切り海に投げ捨てた。
「はははっ、大丈夫かい名無しさんちゃん」
「げほっ…やっぱ、嫌い!」
背中をさすってくれる彼の手を掴んで、大きく深呼吸。
私の体に入っていったあの煙が全部出て行くように、何度も。
「…はあ…マズかった」
「だから、おいしいだなんて言ってないだろ?」
だけどサンジはまだ煙草吸ってる、大分ちびた煙草をまだ。
…ニコ中め。
「何で急に煙草吸う気になったんだい?」
「ん…何となく」
サンジに近づけるような気がして。
付け足した言葉に、サンジはどんな顔をしたのか。
何だか照れくさくて見れなかった。
「…サンジは好きだけど、煙草は嫌い」
煙草のにおいが嫌い、
体に悪いからそこも嫌い、
煙たいから嫌い。
「じゃあ、これは?」
ちゅ、と唇に柔らかな感触。
触れるだけでも十分に感じる味とにおい。
「煙草味の、俺のキス」
意地悪く、彼が笑う。
「さあね、どっちでしょう!」