ジョジョ暗チ中心夢

□偉大なる死を君に
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「いつかこんな日が来ると思ってた」

目の前の彼女は、嘘のように笑っていた。
まるで午後のお茶会をしているときと同じような笑顔。


「……知ってたのか」

俺はポケットに手を突っ込んだまま訊ねた。

…俺は嘘でも彼女のように笑えない。
今から彼女を殺すというのに、何故笑えようか?(逆に、彼女は今から殺されると分かっていて何故笑える?)


「知ってたと言うより、そんな気がしてた…だけ」

俺は自分の仕事を話したことなどなかった。
彼女に知られて恐がられるのも嫌だったし、いつ死ぬかも知れない俺を心配などして欲しくなかったから。

「…お父さんや、仕事のひとたちと同じにおいがしたもの」

彼女は笑みを絶やさずに言う。
しかし彼女の笑みは、怯えとか悲哀とか緊張とかがない交ぜになったような感情を全て隠すことは出来ていなかった。

…名無しさんのことならそれほどまでに理解出来る。
表情ひとつで彼女の気持ちが手に取るように分かる…そんな関係なのだから。

「それじゃあ、いつかは自分が殺されるかもしれない覚悟があったっていうのか?」


彼女の父親は、政界に名を馳せる有名な人物だ。若くして出世し、今では国を動かせるほどの権力を持っている。
しかしそんなのは、全うに人生を送っていればあり得ないことで。

裏では組織を使ってお偉いさんに脅しをかけたり、逆らえないよう見せしめに殺しをしたり…。
していることは俺らとあまり変わらない。

そうして勢力を付けたそいつらは、当然ボスの目に止まってしまった訳だ。

…だから暗殺チームに命令が下った。
そして俺が任務を受けた。

『組織、血縁、全てにおいて奴と関係があるやつらを殺せ』


何という運命の巡り合わせなのか…。
俺はこの場に来るまで、名無しさんが関係者だと知らなかった。
この場で名無しさんに会って初めて、俺は自分と彼女の立場を呪った。

「…プロシュートになら、殺されていいよ」

酷く落ち着いた口調で、名無しさんは言う。
だがその体は、微かに震えていた。

「大好きな人に殺されるのは、悪い気分じゃない」

殺す俺は…いい気分になれるはずも無い。
今まで仕事だと割り切って殺してきたが、この場で簡単に割り切れるほど冷徹になれるはずもない。

「…逆に、プロシュート以外に殺されるのなんて嫌だな」

黙りこくる俺とは対照的に、笑みを絶やさず話す名無しさん。

…優しい彼女は今から殺されるというのに、俺のことばかり考えている。
俺の痛みを和らげるためだけの名無しさんの台詞は、言えば言うほど俺の心に虚しく響く。


「プロシュートは、」

「もう、喋るな…!」

遮るようにそう言うと、名無しさんは一瞬泣きそうに顔を歪めた。

知ってる。名無しさんが泣かないために、喋っていること。
彼女は泣きそうなときこそ、いつも以上によく喋る。


「…こっち、来い」

びくりと、名無しさんの体が震える。
しかし彼女は無理矢理笑顔を張りつけて、俺のところにゆっくりと歩み寄る。

俺が差し出した手に、名無しさんは躊躇いがちにその白い手を重ねた。
俺はその手を握って、力一杯自分の元に引き寄せる。

力の限りに抱き締めると、その細い体は折れてしまいそうだった。
胸元に押し付けるように名無しさんの頭を掻き抱く。

「変な演技しなくていい…」

温かい、名無しさんの体。
もうすぐこの温もりを消すのは、俺だ…。

名無しさんの体が小刻みに震える。
小さく聞こえる、彼女の嗚咽。

俺は出来る限りに優しく、名無しさんの頭を撫でた。

「…でもね、さっき言ったことは全部本当よ…?プロシュートが私の最期なら…嬉しい」

…そんなことを言われても、救われはしない。
哀しい言葉を紡ぐ彼女の涙声が俺の胸を締め付ける。


「名無しさん」

名前を呼ぶと、名無しさんがそっと顔を上げる。
涙で湿った頬はほんのり赤く、その上を新た涙の筋が伝った。

たまらず、俺は名無しさんの唇を性急に奪う。
幾度も重ねた唇、まさかこれが最後だなんて。

角度を変えて、何度も何度も貪るようにキスをした。


…このまま攫ってしまいたい…攫って、俺の傍に繋いで、離れないように。


「…ダメだよ」

名無しさんが、俺の頬を両手でぱちんと挟む。

「ちゃんと私を殺して」

俺の心を見透かしたような、諭すような口調。
彼女の瞳は涙に潤んでいたが、どこまでも真っ直ぐに俺を見つめている。

…覚悟、してるのか。


「…出来ればずっと一緒にいたかった」

「うん…」


それならば、彼女には偉大なる死を。
俺の、覚悟を。


「愛してる」

「私も、愛してる」


段々と『老い』る、名無しさん。
本当は、一緒に老いていきたかった。
こんな仕事では無理かもしれないが、願わくば、そうありたかった。


「...Addio」

名無しさんはにこりと微笑んだ。
その笑みは美しく、死の影など感じさせない穏やかさだった。

俺の腕の中で老衰する名無しさん。
そっと目を閉じ、静かに死んでいった。

不自然すぎる自然死…偉大なる死。


彼女の亡骸を抱いて、俺は一筋の涙が頬を流れるのを感じた。

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