ジョジョ暗チ中心夢
□TAKE2
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「…すみません、只今込み合ってまして…相席でもよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わない」
取り引きの時間までまだ時間があるため、俺は取り引き場所を一望できるカフェテリアで時間を潰すことにした。
ちょうど人が多い時間帯だったらしく、店内は込み合っている。
窓際の日の当たる席に案内され、俺はその席に先に座っていた女性を一瞥した。
読書に耽っている様子の彼女は、俺に気付かないようだ。
しかし眉間にしわを寄せて本を読むその表情は、老眼の年寄りを彷彿とさせるもので、思わず笑ってしまいそうになる。
「…あ…Buongiorno」
こちらに気付いたようで、ふと本から目線を上げて俺を見る。
「前の席、座るぜ?」
「どうぞ」
彼女はにこりと微笑み、本を閉じた。
……?
ただそれだけの動作に、酷く懐かしさを感じる。目の前の彼女とは初対面のはずなのに。
「ご注文は?」
程なくして、店員が注文を聞きにやってきた。
ちらりと彼女のカップを見る。
「…カプチーノを一つ」
ほとんど無意識にそう言った自分に、驚いた。
カプチーノだって?好きでもないのに?
「かしこまりました」
しかし取り消してもらうのも面倒だったから、そのまま店員の後ろ姿を見送った。
「カプチーノ、好きですか?」
彼女が俺を見て、訊ねる。
「いや…あまり」
彼女は好きなのだろう、カプチーノ。
俺の反応に少し意外そうにして、その後少し笑った。
「ここのカプチーノはとても美味しいですから、おすすめです」
「へぇ…ここにはよく来るのか?」
「はい、週に数回のペースで」
そこで少しの間、会話が途切れた。
窓の外を見ると、足早に行き交う人々がひっきりなしに通りを流れてく。
…まだ取り引き相手は来ていない。
何となくそのことにほっとしながら視線を戻すと、俺を見ていたらしい彼女と目が合った。
彼女は慌てたように、彼女の手元のカプチーノに目を移す。
そんなちょっとした仕草に、どきりと胸が鳴った。
「お待たせしました、カプチーノになります」
「どうも」
ふわり、と彼女のと同じシナモンの香りが漂う。
何故か…懐かしい。デジャヴュ、とでも言うのだろうか?
思い出せそうにも無いのにやたらと気になるこの既視感にもやもやしながら、熱いカプチーノを一口。
「…どうですか?」
彼女が目を輝かせながら俺を見る。
「あぁ、悪くないな」
確かに…飲んでみると悪くない。
一人で飲もうとは思わないが。
「…ふふっ…」
…いきなり、彼女が笑い出す。
我慢出来なかったと言うように、申し訳なさそうにくすくすと。
「どうかしたか?」
俺が訊ねると、尚更おかしそうに笑う。
「あの…口に、泡がついてます…」
笑いすぎで頬をほんのり赤く染めて、彼女はハンカチを取り出す。
そしてそのままごく自然に、俺の口の周りをそっと拭いた。
「…Grazie」
少し驚きながらもにこりと笑んで礼を言うと、彼女はさらに頬を上気させる。
「あ…いえ…ごめんなさい」
恥ずかしそうに目を伏せて、彼女もカプチーノを一口。
運ばれてから時間がたっているのか、カップから離された唇に泡は付いていなかった。
…こうしてると、他の奴らからはカップルにでも見えるのだろうか?
彼女にそう言ったら、どんな反応をするだろうか…。少し興味があるが、言わないままにしておこう。
「あの…」
躊躇いがちな声。
彼女は言うか言うまいか悩んでいるように見えた。
「どうした?」
言いやすいようにそう訊ねると、彼女はほんの少しの間を置いて答える。
「…私たち、どこかで会ったことありましたっけ?」
真面目な彼女の顔は、どうやら安っぽい誘いの文句を言っている訳では無いことを物語っていた。
実際俺もそれを思っていたから、殊更奇妙ではあるのだが。
「ない…はずだが…」
彼女と会ってからまだ数十分のはずなのに、何故か彼女との空気に馴染んでいる自分。
思い出そうとも、思い出など何もないはずだ…それが酷くもどかしい。
「そ、そうですよね…ごめんなさい、変なこと聞いて…」
彼女はいまいち腑に落ちないような表情をしたが、そう言って笑った。
…知ってる。
彼女は、いつもこういうとき笑うのだ。悲しいときも、困ったときも、いつもその感情を押さえるように笑うのだ。
でも俺はそれをどうして知っているのか。
「…でも、もしかしたら会ったことあるのかもな」
「え?」
「前世…とか」
俺としたことが…今とても寒いことを言っているのは分かってる。
彼女もきょとんとした顔をしているし。
でも、それが一番答えに近い気がするのだから仕方ない。
「…そうかも、知れませんね」
彼女は真っ直ぐな瞳で、俺の目を見た。
絡まる視線に、胸の奥がちりりと熱くなる気がした。
「あ…ごめんなさい、私、そろそろ行かなくちゃ…」
ふいに時計を見た彼女が、ばつの悪そうな顔をして言う。
…そう言えば俺もだ。
ちらりと横目で見た待ち合わせ場所にはまだ誰もいないが、そろそろ時間だ。
「俺もだ…会計、一緒に払おうか?」
「それでは、お願いします」
彼女は可愛らしい白の財布からカプチーノの一杯分の料金を出して俺の手に渡した。
そして彼女は隣の席に置いていた鞄を、小さな掛け声と共に持ち上げ、肩にかけた。
「…ずいぶんと大きな荷物だな」
「えぇ、今日はちょっと」
苦笑いを浮かべる彼女の表情の裏に何かが隠されている気がしたが、そこまで追求する気はない。
さっさと会計を済ませ店を出ると、店の前で彼女が待っていた。
「ありがとうございます」
「いや、大したことじゃない」
…取り引きの待ち合わせ場所には、まだ人はいない。
「誰かを待っているんですか?」
彼女は鞄の重みで少し斜めに傾きながら俺に訊ねる。
「あぁ…ま、そんなところだ」
あまり表立っていえる内容ではないので少し口籠もる。
彼女はそんな俺の様子に気付いたのか、それ以上追求してこなかった。
「あの、もしかして…」
彼女は先ほど俺が眺めた待ち合わせ場所を、考えるように見ながら彼女がつぶやく。
「待ち合わせ場所、あそこですか?」
場所を指差し、俺を指差し、子首を傾げる。
「そうだが…?」
これ以上知られるのはあまり好ましいことじゃない。
内心戸惑いながら答えた。
彼女はまさかと言うように目を見開いて、俺の耳にそっと唇を寄せた。
「…パッショーネさん?」
「!…じゃあ、アンタが?」
まさか、取り引き相手とは知らずにずっと一緒にいたとは。
さすがの俺も驚きを隠せない。
「すごい偶然ですね」
にこり、と緊迫感の無い笑顔。
こんなに緊張感の無い取り引きは初めてかもしれない。
「あ、これが例のものです」
ずっしりと重そうな鞄を肩から外して俺に渡す。
「中身は確かか」
受け取ると、目の前の女性に持たせるにはあまりに重い重量だった。
「確かですよ…もし手違いがあれば、命を賭けましょう」
弧を描く口元とは対照的に、油断無く光る冷たい目。
どうやら本物のようだ。
「…それじゃあ、取り引き成立だ」
カフェテリアの前、雑踏の中。
微笑をたたえながら話す俺らを見て、誰が裏社会の取り引きだと思うだろう?
「今日は楽しかったです…取り引き、少し緊張してたんで」
「あまりそうは見えなかったがな」
彼女は錘のような鞄から解放された肩を回しながら、彼女は笑った。
「…それじゃあ、仕事も終わったし、お別れですね」
「そうだな」
何故か、名残惜しいと感じる。
きっと今回限り取り引き相手だから、もう二度と会うことは無いだろう…今日のような偶然がない限りは。
…こんな風な思いがけない出会いは珍しいものではないのに。
カフェテリアで相席なんて、全く珍しくない。
いつもならその場限りの付き合いだと、次の日にはそこで出会った人のことなど思い出しもしないはずだ。
「...Addio」
こちらに背をむけ、ちらりと振り向きざまに彼女が言った。
…聞いたことがある、別れのセリフ…。
生まれてから幾度かは聞いたことがあるのは当然だが、もっと、それ以前に…。
「待て!」
彼女がゆっくりと振り返る。
「…来週のこの時間、またカプチーノを飲みに来る」
「カプチーノ、あまりお好きじゃないんじゃなかったんですか?」
「それでも、だ」
彼女が来るか来ないかは自由だ。
だがどこかで確信している。
また、彼女に会えると。
「Arrivederci,名無しさん」
「...Arrivederci,Prosciutto」
(魂が覚えているなら、また会える。例え世界が何巡しても)