ジョジョ暗チ中心夢

□霧雨と暗殺者
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目の前の、人間『だったもの』をぼんやりと眺める。
もう二度と動かない、ということがやけに奇妙に思えてしまう。

例えばこれが電池の切れた時計なら、電池を換えれば動くのに。
例えばこれがネジをなくした機械なら、ネジを留めれば動くのに。

目の前の『もの』は、何を取り替えてももう二度と動かない。

「…変なの」

こんなことをぐるぐると考える日は決まって感傷的だ。
自分という存在が酷く汚く、殺しを生業として考えるのが難しくなる。

ぽたり、と血に濡れた手の平にに一粒の雫。

私はゆっくりと空を見上げた。

星も、月も、無い。何も無い。暗くて何も見えない。
音も、人も、無い。誰もいない。何も聞こえない。

もし今この瞬間この世に私しかいなくなったと告げられてもすんなり信じられそうなほどに、孤独を感じた。
果たして生きている人間が私以外にこの街にいるのかどうか定かでない気さえする。

もう一度、足元の屍を見た。


…もう仕事は終わったんだ、帰ろう。

急に怖くなってきて、私は足早にその場に立ち去った。

さらさらと乾いた砂をこぼすような霧雨が降っている。
もっと激しく打ちつけるような雨ならば、私の汚れも少しは流れる気がするのに…。
じんわりとまとわりつくようなこの雨は、私の汚れを染み込ませていくようだ。

じとりと湿っていく衣服は重みを増し、冷たい雨粒が私から体温を奪う。
一歩歩くごとに足が重くなるが、私は出来るだけ早く歩を進めようとした。

後ろから何かが追いかけてくるような気がして怖かった。
その何かが弱った私からなけなしの体温を奪っていって、私も『もの』になってしまうような…。

アジトへの帰路、誰一人として見かけない。
誰でもいいから私以外の人に会いたい。
自身の怖い妄想を取り払って欲しい。

私は堪らなくなって走り出した。
水溜りに足を突っ込んで盛大に水しぶきで足を濡らすのも、角を曲がり損ねてうっかりゴミ箱をうっかり蹴り飛ばすのも無視して闇雲に走った。

やがてアジトが目に見えるところまで来ても、私はペースを落とさない。
全力で駆けてぶつかるようにドアにぶち当たって、震える手でがちゃがちゃと鍵を開ける。

バタンと大きな音をたててドアを閉めたときようやく足を止めた。
ドアにもたれかかるようにしてずるずるとその場に座り込む。

明かりのない玄関に私の荒い息遣いだけが聞こえる。
私以外の気配は無い。ここにも、無い。

みんなは寝ているだけなのか、あるいは仕事なのだろうか。それとも…。

…ぎし、と床がきしむ音がした。
私は思わず身を固くして息を呑んだ。

「…遅かったな」

そんな低い声がして、ぱっと視界が明るくなった。
おそるおそる顔を上げると、私の目に映ったのは心配顔のリーダーだった。

「どうした、怪我でもしたのか?それに…ずぶ濡れじゃないか」

私はふるふると首を横に振って、

「奴らが逃げててこずっただけで…怪我、無い…雨、降ってきて…」

やっとそれだけを途切れ途切れに小さな声で答えた。
体から少し力が抜ける。リゾットの顔を見ると、少し安心できたから。

「顔色が悪い…立てるか?」

リゾットが手を差し伸べてくれたので、疲労とまだ僅かに残る恐怖で震える足に力を込めてリゾットの手を握る。
思いのほか強く引っ張られて少しバランスを崩しながらも立ち上がった。

「…ありがとう」

握った右手にリゾットの体温を感じて、泣きそうになる。
こんなに人間の温かさを恋しく思うのは、やはり私が人殺しだからだろうか。

…人を殺すたびに生と言うものがよく分からなくなって、熱を失う死体を見ると自分が生きているということが酷く曖昧になる。


「名無しさん…?」

私は黙ったまま目の前のリゾットに抱きついた。
私が生きているのか確かめたかった。

人の熱を感じられたなら、ちゃんと生きていると言える気がして。

「…温かい」

あぁ良かった。服越しにリゾットの体温を感じることが出来た。
私はちゃんと、ここにいる。

「名無しさん、寒いなら早くシャワーでも浴びたほうがいいんじゃないか?」

私の想いからは少し的外れな言葉だったけど、決して突き放すようではないから安心した。
ゆっくりと落ち着かせるように私の背中をさすってくれる手に涙が出そうだった。

「私…生きてるよね?」

それでもまだ疑わしい現実が不安で、無意識に唇から滑り落ちた質問。

リゾットは手を止めて、じっと私の目を見た。
それはまるで絡んだ視線から私の気持ちを何もかも見透かそうとしているようで…。

「生きてなければ喋れないだろう」

だけど発せられる言葉はどこか少しズレてる。
私はいつもと変わらないリゾットの様子に、やっと平常心を取り戻しつつあった。

「ごめん、服濡れちゃったね」

もう大丈夫、ありがとう。言いながらリゾットから離れようとした。
しかし今度はリゾットが私を抱き締め返してきたからそれはままならなかった。

力強く私を包み込むその腕に、私は驚くことしか出来ない。

「…俺たちのような人殺しにしか分からないことだ」

その声は心地よく私の耳に響く。
呼吸さえ止めて、聞き入るように耳を澄ませた。

「不安なときは頼れ、今のように」

今なら霧雨の落ちる音さえ聞こえそうな、気がした。


私は何も言わずにもう一度、リゾットの広い背中に腕を回した。

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