ジョジョ暗チ中心夢

□なみだ、ひとつ
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名無しさんが、珍しく怒っている。
とは言ってもいつもより口数が少ないとか返事がそっけないとか、それだけなんだけど。

「…名無しさん」

別に怒ってるなら怒ってるで構わない。
というか、彼女の機嫌をとるのも面倒だし、このまま機嫌を直さなくてもほっとこうとすら思う。

…俺の声が聞こえているはずの名無しさんは振り返らない。


あーあ、面倒くさい。
滅多に怒らないし、我が儘も言わないのが魅力の名無しさんだったのに。

俺は名無しさんの怒りの理由を問うことも、背中から抱き締めて甘い言葉を囁くこともしようともせず、未だこちらに背を向けたままの名無しさんを見てるだけ。
だって名無しさんが怒ってるのはきっと俺の浮気のせいだし、それは今に始まったことじゃないから謝るほどでも無いだろ?

「メローネ」

今度は名無しさんが、俺を呼んだ。
俺はもちろん聞こえていたけど、返事なんかしなかった。
(だって名無しさんも同じことをした。)

30秒ほどの沈黙の中、俺はずっと名無しさんを見ていた。
今どんな顔をしてるのか、どんな気持ちでいるのか。
それを確かめることはしないけれど、興味はある。
だってこの世で一番愛してる女なんだから。


「メローネ、私、帰る」

しかし名無しさんは冷たい声でそう言い放って、乱暴に身支度を始めた。
いきなり動き出した時に置いてきぼりなのは俺だけ。

「もう、来ない。メローネなんか大嫌い」


…名無しさん、泣いてた。

今まで一度も泣いたことない名無しさんが。


いや…正確には、泣いた名無しさんを見たことが無いだけだ…。


「…あぁ、そうしなよ。それならもう二度と会うことなんか無いだろうから」

それでも名無しさんは俺のところからいなくならないと思った。
後から思ってみれば、そんなものは自惚れに他ならなかったのだけれど。

…名無しさんはとても傷付いたような目をして、俺を見た。
思い返せば名無しさんと目が合ったのはその日初めてだったかもしれない。

「…っ…さよなら」

名無しさんは一瞬縋るような目をして、何か言いたげに口を開いた。
だけど結局聞こえてきたのは別れの言葉。

俺は黙って、ひらひらと手を振った。
そして無機質なドアの閉じる音を最後に、沈黙が舞い戻る。



「…名無しさん、愛してる」


あんな女、俺以外の奴と上手くいくはずないじゃないか。
俺のように酷い男と上手くやれるような彼女が、普通の幸せな恋愛なんて出来るはずない。


(名無しさんなんて、涙一つ分。それだけの女)


…本当、今更。
俺の方が大分彼女に依存していたことを知った。


(だけど涙を流したことなんて、記憶の限りでは初めてだったんだぜ?)

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