ジョジョ暗チ中心夢

□天使のいない今際の刻みに
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あの朝俺が目を覚まして真っ先に見たのは名無しさんの顔だった。

「おはよう」

彼女は俺の髪の毛を指で梳き、微笑みながら俺に言った。

「メローネの髪の毛、さらさらしてて気持ちいい」

温い毛布に包まれて、頭がまだ起きていない夢見心地で、少しかすれた名無しさんの声は儚い。

そして完璧なその、アルカイックスマイル。純度100%の慈しみを表した笑み。

だからかもしれない、俺には彼女が天使のように見えたのは。


「…名無しさん」

今までそんな風に感じたことなどなかったのに。彼女は俺と同じ人間で、俺と違って血を浴びていない綺麗な方の人間で。

無知で、弱くて、怖いものなど知らない、綺麗な方の人間。

「朝ごはんは?どうする?何か作るけど…」

でなければ、母親。

残念ながら俺は実の母親を覚えていない(思い出さないように記憶の底に封じ込めているとも言える)のだけれどきっと彼女は天使にも母親にもなれるのだろう。

「…どうしたの、メローネ」

そこまで考えたところで俺はやっと頭が冴えてきて、何て馬鹿らしいファンタジックな思考をしていたのだろうと思い小さく鼻で笑った。

「朝ごはんはいらないよ、君が欲しい」


そしてそのまま俺だけの天使に白をまぶした。
そしたら彼女はまた綺麗なだけの人間に戻って、俺はそんな風に考えたことすらすぐに忘れてしまったのだった。




…そんなこと、どうして今思い出すのか。

あの日と対照的な今日、この時に。彼女もいない、冷たいこの場所で。
いや、冷たいのはこの場所でなく俺の体だ。もうすぐ死ぬんだろうということくらいは自分でも分かる。

…もし彼女が天使だったなら、今もうすぐ俺を迎えに来るのだろうか?それとも俺は悪い人間だから迎えになど来てくれるはずもないのだろうか。

違う。

名無しさんは何も知らずに俺が帰るのを待つだけだ。かわいそうだけど。


彼女は泣くだろうか。俺が、帰らないことを知ったら。

俺は彼女の泣き顔を思い出そうとしたのだがそれは叶わず、最期に思い出せたのはあの朝彼女が果てた時の顔だった。


(自慢じゃないけど俺は天使を泣かせたことが無かったから)

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