そのた

□愛を賭して
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「もしも、」

机を挟んで私の向かい側に座る彼が、真っ白いティーカップを持ち上げながら唐突に口を開く。

「我輩がお前の茶に毒を忍ばせていると言ったらどうする」


ちょうどカップの縁に口を付けて今にも紅茶を一口飲もうとしていた私は、一瞬動きを止めて彼を一瞥した。

試されているのか、彼なりの悪趣味なジョークなのか。

どちらにしても私の行動は変わらない。そのままカップを傾けて紅茶をすすった。


「…特にどうもしません」

味は変ではなかったし、体に異常もないようだ。

「そのようだな」

彼は無表情で紅茶を飲んだ。
そして沈黙が続く。


彼の部屋は、昼間だというのに薄暗くてひんやりしている。
人が二人もいるのに静寂に満たされた室内は、傍から見れば不気味なものかもしれない。

しかし、この一見気まずいようなこの茶会は何年も続けられている。それもかなりの頻度で。


「教授が淹れてくれたお茶なら安心して飲めますからね」

私がそう言うと、彼は馬鹿にしたような皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「我輩がそのようなことなどしないと信じているとでも?」

今度は私が笑う番だった。

「いえ…教授になら毒を盛られてもいいと思っているからですよ」


別に、教授に毒殺されるのも悪くない。

私のこと一瞬でも思ってくれるなら、それが愛ゆえでも憎しみゆえでもかまわないから…。
ただ、彼の記憶に少しでも長く、強く残っていられるのなら、それで。

(…どんなに願ったって私が彼から愛されることはないのだから、そのくらい望んだって構わないでしょう?)

私はカップに少し残った紅茶を一口で飲み干して、ごちそうさまでしたと呟くように言った。


しかし。


「…おかわりはいかがかね?」

教授がそう言うのを聞いて、珍しいこともあるものだと思う。

いつもはこのままの流れでさよならも言わずに私が部屋を出てお茶会は終わりなのに。


「では、いただきます」

教授と一緒に過ごせる時間がながくなるなら、大歓迎。
私はその意が伝われば、と微笑んだ。

教授は杖を一振りして、一瞬で私のティーカップを再び紅茶で満たした。

「これでもお前は同じ言葉を言えるか」


彼は私の目の前で懐から小瓶を取り出し、中の液体を一滴私の紅茶に入れた。

それが何という薬なのか、どんな効力をもたらすのか私には全く分からなかった。

きっとそれは、彼しか知らない。

「ええ、何度でも」

私は紅茶を掻き混ぜながら答えた。


「これが、一口飲めば地獄の苦しみを与える毒薬か、はたまた即死に至らしめる水薬でも…か?」

囁くような彼の口調は私の耳に心地いい。
それがとても物騒な話だとしても。

「えぇ…構いませんよ、教授になら殺されたって」


酷い男。

私はカップを持ち上げながら薄く笑った。

私のことは愛してくれないのに、私の愛は確かめるなんて。
こんな歪んだ方法で。

まあそれが教授らしくて、そんな教授を。

「愛してますから」


そして私は熱い紅茶を一気に煽った。

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