そのた
□おおとののて
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広げられた紙の上でさらさらと滑らかに筆の先が文字を綴る。書き手を表すかのような、丸みを帯びた無駄の無い字が生み出されるのを私はじっと見つめていた。
「そんなに見られると少し緊張してしまうよ」
紙の端まで書き切って句点を置いたところで、今まで真剣な顔をしていた大殿は口元を緩めてそう言った。そこでふと我に返った私は膝の上にあった本の存在を思い出す。少し前まではこちらを読んでいたはずなのにいつの間にか大殿が文字を書く様に見入ってしまっていたのだ。
「ご、ごめんなさい、その、きれいで…」
何だか見とれているようだった自分を気付かれたのが恥ずかしくて耳が熱くなる。
「きれい?」
「手、の動き、とか…」
大殿の手が何かを作り出したり、触れたりするのがとてもきれいというか優雅というか、好き、なのだ。その手に触れられるものが羨ましいと思えるほどに。
「そうかな?ありがとう」
柔らかく微笑む大殿を直視することが出来ず、うろうろと視線をさまよわせて結局大殿の手元を見てしまう。いつもその手がふいに私に触れたりする度にどれだけ私の胸を焦がすのか大殿は知る由もないのだろう。
「こんな手でもきれいって言ってくれるのは君くらいだよ」
「…ふ、触れても、いいですか…?」
ちらりと心の中に沸いた触れたいという望みを口に出すまでの判断は一瞬だった。勢いというか、浅はかにも好機だと思ってしまうと止まらなかったというか、言ってしまったものはもう変わらないのを良いこととするしかない。それに一瞬、大殿が遠い目をした気がして。
大殿は少し驚いたような表情を浮かべたけれども、いいよと笑って筆を置き私の方に手を差し出してくれた。
大きくて私のより硬い、温かい手。指が長くて爪は短く揃えられている。包み込むように触れると、ドキドキして堪らないような気持ちになった。
…何でこんな特別な感情を持ってしまうのだろう。言いようのない愛しさのようなものに頬が熱くなっていくのを感じる。
「こんなかわいいことしながら、そんな顔しないでおくれよ」
「えっ?」
「少しだけ、いじめたくなってしまう」
あの、その、としどろもどろになりながら手を放した私を見て大殿はくすりと笑う。嘘だよ言ってとその手を私の頭にやってくしゃりと柔らかく撫でた。
「っ…」
声も出ないほど色々な感情がいっぺんに溢れ出して、身体を硬くしてまたさらに頬を赤く染めることしかできなかった。
「本当にかわいいなあ」
大殿の言うかわいいと私の期待するかわいいという言葉にはどれほどの違いがあるのかなんて無粋なことをちらりと思ったけれど頭を撫でる大殿の手を意識するほど、そんなことはどうでもよくただ幸せだと感じた。