そのた
□まくら
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「大殿、お茶持ってまいりました」
ほかほかと湯気を立てているお茶とちょっとした茶菓子を乗せたお盆を持って、大殿の部屋の前で声を掛ける。すぐに入っていいよと返事がきたのでふすまを開けて足元を確認する。注意しないとたまに入り口に本が置いてあって躓いたり踏んづけて滑ったりで危ないのだ、この部屋は。
「んー…」
大殿は今まで読んでいたらしい本を床に置いて目を瞑りながらこめかみを押さえている。本の山を崩さないように近付いて、机の上の雑多のものを端に寄せお盆を置いた。
「お疲れですね」
「ああ、ついつい集中しすぎてしまってね…大変興味深い内容だったものだから」
ぽんぽんと本を撫でながら参ったというように頭を掻いていたが、表情は明るく楽しそうに見えた。確かその本は先日手に入れたばかりのものだったように記憶している。よほど良いものだったのか、今日は筆の進み具合もよろしいようだ。
「いただくよ」
「どうぞどうぞ」
大殿が休憩をしている間、私は少し部屋を片付けることにする。と言っても大殿が混乱しないように分かる範囲で同じ種類の本をまとめたりごみを集めたりするくらいなのだけど。
「今日のは香りが良いね」
「そうなんです、いい茶葉が入ったので」
喜んでもらえたのなら何よりだ、大殿が気に入ってくれるだろうと選んだ甲斐があったようで私も嬉しい。その気持ちをやる気にさっさと手を動かし、おかげで少しは片付いた…というか足の踏み場ができたように思う。
「名無しさん」
ふう、と一息ついたところで見計らったかのように大殿に呼ばれる。
「片付けありがとう、助かったよ」
「大殿ももう少しご自分で片付けるようにして下さいね」
本当は片付けもお掃除も全部私がやってもいいとも思うのだけれど、やはり自分でやらないとどこにあるのか分からなくなって困るかもしれないのだし。大殿は眉を下げながらそうするよ、といいながら大きな欠伸を一つ。全くそうする気がなさそうに見えた。
「眠そうですね」
思わず苦笑してそう言うと大殿は小さく頷いて、
「…そうだ名無しさん、こっちに来なさい」
大殿はとん、と床を叩いて私を手招きする。何だろうと疑問に思いながらもはいと答えてそろそろと大殿の隣に向かった。
「座って。足は崩してもいいよ」
「…分かりました」
言われたとおりにその場に腰を下して足を崩すと、いきなり大殿はごろりと横になった。私の太ももに、頭を乗せて。
「あ、あっ、あの?!」
「少し休憩させておくれ」
私の真下に大殿の顔。私が見下ろして、大殿が見上げる。いつもとは逆の有り得ない位置に一気にばくばくと心拍数が上がる。その澄んだ目で見られると胸が苦しくてたまらない。
「いい感じだね」
「そ、そんな…そう、なんですか…?」
もごもごと何が言いたいのか不明な私の頬に、大殿がそっと手を添える。真っ赤になっているであろう私の頬に、その手は少し冷たくて心地よかった。
「柔らかくて気持ちいいし、名無しさんのかわいい顔が見られて一石二鳥」
いたずらっぽい表情でそんなことを言われたら頭は真っ白、ただただ膝の上の重みがこれが現実であることを明らかに告げる。