沙夜の哀

□カラスと少女の物語
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「あ…!
ままー、ぱぱー、あっちの方に行っても良いー?」





「うん、だいじょうぶー、そんな遠くまでは行かないから」





「はーい」





「まってー!」












腹が減ったら飯を食う、疲れたら休み眠くなったら寝る。
そんな、他の奴らとなんら変わりない普通の生活を送っているだけなのに、色が黒いと言うだけで人間はオレを見るなり縁起悪いだの悪魔の化身だのと負の特徴にする。
別に好かれたい訳じゃない、ちやほやされるのはめんどくさいだけだ。
ただ飯を食う邪魔をするなって事だ。

「まってー!」

あのしわだらけの人間め、おかげで取っておいた1番旨い部分食べ損ねたじゃねーか。

「ねぇまってー!」

ん、声?

オレは少し高度を下げながら、声のする方を見た。

「わ、降りてきた」

なんだ人間の子供か、こいつら、オレを見つけては指をさし興味本位で追っ掛けてくる。
別に珍しいもんでもないだろ…。
かと思えば少し脅かしたくらいで泣き親元へ逃げ帰る、やっぱりめんどくさい奴らだ。

脅かしてやるか。

オレは子供の目の前まで一気に降り、羽をばたつかせた。

「わ、わぁっ!」

子供は尻餅をつき、お尻をさすったあとオレを見た。

怖かったろ?
わかったらオレには構わず、早く帰りな。

「ごめんね、急に追っかけたからびっくりしちゃったよね、大丈夫、私カラスさんの事いじめたりないよ、ほら」

子供は笑顔を作り、両手を広げてみせた。

「ね?信用してくれたかな…」

そう言うと子供は両手をオレへと伸ばした。

!!
こいつ!

オレはバックステップして素早く身をかわす。

「あ、待ってカラスさん」

子供は立ち上がろうとするが、途端に足元を崩しまた座り込んでしまう。

「いたた、目がくるくるしちゃった」

こいつ、大丈夫か?

仕掛けたのはオレからだ、少し心配で子供に近付いた、ところを───

ガシっ

掴まれた。

「えへへ」

なっ、く、喰われる!

オレは必死に抵抗し、指に、腕に噛み付いた。

「うわ、わぁ!…あれ、これは痛くない」

オレに牙はない。

「大丈夫安心して、食べたりしないから、よしよし」

子供は片方の手でオレの頭をうりうりと撫でる。

ぐわっ、や、やめろ、やめ…。

「あはは、カーカー鳴いてる、気持ちいいのかなぁ」

なんなんだ。
初めて触れる人の感触と、初めて感じる人の温度(ぬくもり)

あたたかい。

「私の名前は真美って言うの、カラスさんの名前も教えてほしいな」

どうやらこいつの名は真美らしい、オレの名を聞いてきているみたいだがオレに名はない。

「名前無いのかな、私が付けてもいいのかな、いいよね。…う〜ん」

自由な奴だ。

「黒いから、黒、うん!カラスさんは今日から黒!」

黒か、オレにぴったしじゃねーか。
って、何落ち着いてるんだオレ、離せおろせ!
オレに名は要らない!

「あ、わ」

オレは無理矢理抜け出し、大空高く飛んだ。
それをずっと見つづける少女。

「…」

諦めたのか、ただ動かずじっとオレを見る。

「…また明日も来るね、また遊ぼうね、黒」

そう言うと、少女は背中を向けすたすたと走って行った。





少し肌寒いな。

今日の寝床を探すためオレもその場をあとにした。
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