しゃぼん玉。

□黒衣の天使に愛おしき願いを。
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 真っ白い壁、真っ白い天井、真っ白い床、真っ白いシーツ、真っ白い棚。
 僕はもう、二年くらいこれらに囲まれて過ごしている。
 心臓病の一種だそうだけれど、詳しいことは良く分からない。ただ入院して検査して、薬を飲んで検査して、健康に思えてもやっぱり検査して過ごさなきゃいけない身体になったんだってことは分かってる。
 この間の四月から僕は、高校生になるはずだった。──実際、籍はある。一年二組十七番××××。でも僕はまだ一回も登校していない。授業のことを聞いて、書いてもらったノートを読んで、それだけしかしてない。
 幼馴染みの####も高校にはいって忙しくなったんだろう、あんまりきてくれなくなった。一緒にいる時間が、何より幸せなんだけれど。
 そして僕にはもう、時間がない。
「そうでしょ?」
 ベッドサイドに立っている、黒衣を纏い鎌を持った少女は、なにも映さない無の表情で頷いた。
 嗚呼、勿論間違いなく彼女は死神だ。言質はとってないけど間違いない。だって彼女は僕に、死を伝えたのだから。
「あのさ、その、……僕の頼み事を一つだけでいいから、聞いてくれないかな?」
「……ドウシテ?」
 声もやっぱり抑揚のない無機質なものだ。
「それだけが心残りだからだよ。頼みを君が聞いてくれるんなら、僕はその鎌で命を苅られても悔いはないから」
 少しだけ、少女は迷うように間をおいた。
「……ワカッタ。ヒトツダケ」
「ありがと。頼みっていうのはね……、##を、##が、不幸せにならないように、してあげてほしい、っていうのなんだけど。お願いします」
 黒衣を揺らして少女は、神妙に頷いた。
 これで僕はもう、心置きなく、──死ねる。
「それじゃぁ、さくっと、やっちゃってくれるかな?」
「……ダメ」
 首をふって、少女は拒否した。いつの間にやら鎌が消えている。
「どうしたの? ……やらないの?」
 今度は頷いた。僕にはもう理解できない。死神が人を殺せなくてどうするんだろう。
「どうして?」
 聞かないわけにはいかない。死にたくないけど生かされるいわれもないから。
「イエナイ」
「……意味分かんないよ」
「ゴメン」
 でもまぁ僕は生きれるってことなんだろう。心臓病と戦いながらでもまだ、##の笑顔を見ていられるんなら、嬉しい。
「ありがと。……変かな? 死神にお礼なんて」
「ソウダナ」
「でもまぁ、ありがとう」
 死神の少女はほんの少し、頬を赤くした。僕の気のせいかもしれない。
 そして彼女は現れたときのように、消えた。

 天使のように空を舞いながら死神は呟いた。
「##……。カノジョノシアワセハ、××、キミガイキテイテイッショニスゴセルコトナンダヨ。ダカラワタシハタマシイヲカレナイ。……ヤクソク、ダカラナ」
 月の光を受けてその影は、やがて夜空にとけていく。
 その遥か下方では、なにも知らない##が、幸せな未来を夢見て眠る。
「××……。あーん。どう? おいしい?」
 天使顔負けの笑顔で、ヘソ丸出しで。
 

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