しゃぼん玉。

□愛を知らない男の話
1ページ/2ページ


 少女の顔は、夕日からか恥ずかしさからか、灼けていた。少し潤んだ瞳は真っ直ぐに、正面の少年を見つめている。
「付き合って、下さい!!」
 勢いよく下げられた頭に、送れてツインテールが付随する。足元のローファーに反射する光が眩しくて、少女は目を細めた。
 少年は答えない。口を開きもせずに、どこか辛さを浮かべた表情で思案する。
 少女は顔を上げた。
「解らないんだ。俺には恋が解らない」
 アスファルトに視線をそらして、少年はそれだけ答えた。か細い声に、少女は驚く。
「恋したことないの? そういうこと??」
「……違う。中学の時に、委員長が好きで、でもフラれたことがある。ただ、それから、解らなくなったんだ」
「……どういう、こと?」
 まぁ座れよ。少年は呟いて、フェンスに寄りかかって地面に座った。背後には住み慣れた町の景色が広がる。遥か遠方まで。
 従うように、恋人よりやや距離をとった位置へ、少女も座った。スカートが風になびかないよう、手を置く。
「誰とでも仲良くなった。女子も男子も。色んな人とかかわって、それが楽しくて。気付いたら誰でもよくなってた」
「……それは」
「誰か一人と居たいと、思わなくなった。ドキドキなんて、しない……」
 少年は足元に転がるバッグに、視線を向けた。他に地面しか、今は見れない。見られない。
「なら……だから? だったら……私と付き合って」
「……話、聞いてたか」
「私があなたに、恋を教える。ドキドキするようなこと、何でもしてあげる。試しで……、良いから」
 少女は少年の手を取った。自らの胸に、当てる。
「何しても、いいんだよ?」
「バッ……」
 素早く少年は身を引いた。
「これで何かするようなやつに告白した覚えはないよ。やっぱり、いい人だね!」
 少女は立ち上がった。少年の無垢な笑顔を向ける。
「さ、帰ろ?」

 偶然その日だっただけだ。

 さよなら、また明日。
 そういって少女は手をふった。
 少年も適当に返して、二人は道を違えた。

 ──お伝えしていますように、先程関東周辺で起きました地震による津波の心配はありません。震度三は神奈川県小田原、震度四神奈川県厚木、埼玉県さいたま市、震度五強神奈川県三浦半島、東京二十三区。神奈川県横浜市は震度六以上、地盤によっては七に観測されています。倒壊の恐れがある建物からは避難し、土砂災害にご注意ください。繰り返します。気象庁の発表によりますと──

 少年の家は、堅かった。
 少女の家は、脆かった。

 幾日かを避難所で過ごした。携帯が通じるようになって、最初に流れてきたのは担任からの連絡だった。岸辺李花、死亡。

 さようなら、また明日。

 少年は壁を殴った。どうして、告白されて、それに曖昧に答えただけの相手が死んで、それだけなのに、痛い。壁を殴って気を休めなければならないほどに悔しいのは、何故。どうして曖昧にしか、答えてやらなかったのか。
「バカヤロウ……!!」
 また明日。また明日。また明日。
 泣いた。誰よりも情けなく、誰よりも頼りなく、誰よりも弱々しく、泣いた。
 喪って気づいて、告白されたのは幸せで、自分はまだあのとき恋してなかったけど、
 さようなら、また明日。
 あのときそれまで話してて、別れ際のあの笑顔に、恋してたのに、今まで気づけなくて、地震から日が経っても自分は探しにもいかず、
 ──俺は何してた……!!
 壁に大きな穴をこしらえて、彼は枯れるまで泣いた。
 遅くも、自らに再び恋を教えてくれた彼女を想って。
 地震がなければきっと気づかなかったけど、彼女がいなければ今も気づけなかった。
 悔しくて、泣いた。
 吊り橋効果かもしれない。だからなんだ?
 俺は、好きだったんだ。
 李花。

 ありがとう。
 
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ