しゃぼん玉。

□冬の始まり、暖かい心。
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 偶然バイトの終了時間が同じで、二人は大通りの歩道を並んで歩いていた。もう冬が近づいてきて、街はまだ5時過ぎなのに暗く、冷たい。車が走り行きバイクが音をたててそれを追い抜く風景が、どことなく哀愁を感じさせる。
「疲れた、な」
「働いてなかったでしょ大して」
 勇馬はコーラをすすりながらぼやき、沙葉が答う。幾度となく交わされてきたこの問答に、一体何度想いをのせてきたのだろう。
「お前がペアで働いてっからオレは働かないでプラプラしてんだよ」
「邪魔だって言いたいの?」
 違う。呟いて、ペットボトルをゴミ箱に勇馬は放る。
「信じてるんだよ、お前なら平気だって」
「飽きたわその台詞。大体無理な数のオーダーがあってもなにもしないじゃない」
 沙葉はゴミ箱の横自販機で、缶珈琲を購入する。ジュースより中身が少ないのに高い、その僅かな差に少し嫌みを感じる。
「珈琲飲めたっけ?」
「飲めない。手を暖めるの」
 両手で大事そうに抱いて、白い息をはく沙葉。勇馬はため息をついた。
「オレがいくらでも暖めてやるのに」
「何? 変態??」
「……っ、ちげえよ」
 信号が運悪く赤に変わり、足を止める二人。車と、向こうに見える人垣の先には、何やらステージが見える。赤いシートに覆われた壇上に立ってハンドベルを奏でているのは恐らく女子大生だろう。
「昔、最初から最後まで見たな」
「次の日風邪引いたわ」
 転倒するライトが変わって動き出す人の波に乗って、歩き出す。ステージの前で、打ち合わせたわけでもなく二人は同時に立ち止まった。
 幾人かの幼稚園生とその保護者の向こうで笑う演奏者は、正確に言えば幼稚園教諭育成短期大学の生徒であり、園児は附属の子供たち。
「懐かしいな。二人でスイッチを押したろ? この後」
「私が手を重ねる前に一人で押した。違う?」
「……悪かった」
 曲目は懐かしさを覚える讃美歌から、一般てきなものへ変わる。
「きーいよーし♪」
「こーのよーる♪」
 園児たちの少し外れた音が優しく響いてくる。短大生も、先程までの真剣な表情とは変わって、楽しそうにハンドベルを鳴らし、笑っていた。
「覚えてるか、全部が終わってオレが言ったコト」
「……忘れた」
「ちっ……」
 高校こそ同じには通えなかったものの、誰よりも長く沙葉と過ごしてきた自信が、勇馬にはあった。だからこそ、
 ──だから、こそ。
 演奏が終わり、全ての音がそこから消えた。すぐに聞こえてくるのは、バスが地面を撫でるゴムとアスファルトの音。
 壇上に赤く塗られたスイッチが置かれ、男女二人の園児がその横に立つ。二人は仲良く手を重ねて、それを押した。
 ターミナルには、二重を数えるほどの樹が植っていた。それらが皆一斉に、光を持って飾られた姿を披露する。
「綺麗だな、相変わらず」
「そうね」
 勇馬は、缶珈琲を握る沙葉の手をとった。
「なぁ、本当に忘れたのかよ」
「……、忘れてない。でも、」
 沙葉は暫し足元にデザインされたタイルの紋様を眺めた。それから、勇馬を正面に見据える。
「また、聞きたい」
 ──ズルい。
 勇馬は何よりもまず、無意識にそう呟いていた。普段少しも笑ったりしてくれないくせに、頬を紅くしてるなんて、卑怯としか言いようもなく、可愛らしかった。
「──っ、その、だから、……好きだよ、沙葉」
 恥ずかしくて視線をそらす勇馬に、沙葉はにっこり笑った。
「知ってる」
「あ、あのさ、今まであんまり気にしなかった……いや気にしてたけど、その、オレたちってさ、付き合ってんだよね? そういう解釈でいいんだよね??」



 言われて沙葉は掴まれていた手を話して、そっぽを向いた。
「知らない。付き合ってって、言われてない」
 ──セコい。
 今度はそう呟いて、勇馬は頭を掻く。どうしていつも上手をとられるんだろう。でも、なら。
「吉永沙葉さん、オレと付き合ってください」
 沙葉は答えずに、左手を差し出した。
 訳もわからずその手をとった勇馬に、告げる。
「安物でもいいから、薬指にはめる指輪が、欲しい」
「分かった」
「浮気はダメ」
「分かった」
 よろしい。20本のイルミネーションされた木々すら見劣りするほど輝いた笑顔をみせて、沙葉は右手を勇馬の左手に絡ませた。妙に意識してしまっているためか、ぎこちない動作で手を繋いで、歩き出す。
 そうだ。三歩ほどしか歩かぬうちに、沙葉が再び口を開いた。
「ちゃんと働いて」
「……はい」
 二人の横を、サンタが描かれたコカ・コーラのトラックが、過ぎていった。
 
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