しゃぼん玉。

□No Music No Life.
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「何で俺がやらなきゃいけないんだ」
 祐輔は右手で回していたシャーペンを止めて、由利香を睨み付けた。肩にかからない程度のショートカットを揺らして、由利香は答える。
「可奈がインフルエンザでこれなくなったの。だからお願い、ペースキープでもいいから叩いて!」
「嫌だ。俺はもう音楽はやめたんだよ」
 そう、元々は楽器に溢れていた祐輔の部屋に今はもう、何一つ音を奏でるものはない。フルートも、ピアノも、一番好んで演奏していたドラムさえも。今は見たくない、でも簡単には捨てられないと、全て祖父の家に預けてしまっている。
「嘘よ。辞めたくて辞めたんじゃないでしょ」
「そんなことない」
「あるよ。……バンド組んでた仲間がタバコ吸ってんの見つかって、解散したって聞いた。それで仕方なくやめたんじゃないの?」
「……違う。あいつがタバコ吸い始めた原因は俺にあるんだよ」
 机に肘をついて、祐輔は椅子を回す。そのまま突っ伏して、動かない。
「そんなの関係ないじゃない!! 何で祐輔が苦しまなきゃいけないの? ねぇ違うでしょ? 悪くないじゃない!」
「五月蝿い。俺の問題だ。……もう、帰れ」
「やだ」
 由利香は動こうとはせず、ベッドの上であぐらをかく。
「はしたない。パンツ見えるぞ」
「いい。それでも動かないっていう意思表示だから。ねぇ、叩けるよね!?」
「無理だ。続けてたとしたってやったことない曲をなんて叩けるわけないだろ。ソロとかあるんだろ?」
 祐輔は先程より鋭い視線を、由利香へ投げ掛ける。
「さっきから嘘ばっか。叩けるくせに。……信じてるから。明日の午後一時、講堂舞台裏集合ね」
「知らねぇよ」
 由利香は立ち上がり、上着を手にとって部屋のドアを開ける。
「信じてるよ、祐輔」
 返事を待たずして、ドアは由利香の手によって閉められた。
「知らねぇっつってんだろ!!」
 そのドアに、祐輔は転がっていたドラムバチを投げつけた。
 
 第三回私立陽陵学園文化祭初日は、なんの問題もなく進行した。それは吹奏楽、演劇、あるいは軽音楽等の講堂講演も同様で、時刻はもう十三時を示そうとしている。
 午前中一杯、由利香は祐輔の姿を視界にとらえることができなかった。なぜだろう、それでも不安はない。部室で練習している間も、精神的余裕があった。ギターは好調に音を奏で、指は快調に動いた。
「ホントに渡瀬くるの?」
 何度目かの合わせが終わって、由利香は仲間に問われる。もしもこなければドラムというペースキーパーなしに演奏を行うはめになるのだから、不安は当たり前だ。
「くるよ、祐輔は。さ、行こうか」
 由利香は根拠もなくしかし、絶対の自信にしたがって答えた。ステージはすぐそこ、今さら逃げるような真似はできない。
「……ならいいけど」
 招集時間までにあと十分を切った。

「出番よ」
 進行の生徒が告げて、由利香は舞台に出るしかなくなった。祐輔はまだきていないうえ、なんの連絡もない。
「いこう、みんな」
 疑うような視線を投げ掛ける仲間を、由利香は促した。進まなきゃ始まらない。それぞれにポジションへついて、息を合わせて頷き合う。
 
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