Cross Point Side-O

□序章
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 テラスの柵にもたれ掛かるようにして立っている青年が、上を向いた。
 空は溢れんばかりの星と、満月と比べわずかに欠けた月がある。最も、青年にはその星々の名も、月が上弦なのか下弦なのかも分からない。
 流れる空気は穏やかだ。言い換えるなら、静寂といったところか。
 しかしそれは、今の青年とは調和しない。ただ、反発しているわけでもない。
 燕尾服は切り裂かれて解れ、その下には鮮血の流れ出る様がはっきりと見てとれるのにも関わらず、青年は疲れを感じさせることのない、輝く瞳をたたえている。
 眼下の公道を、軽トラックが過ぎ去った。
 それを見て、そして視界から軽トラックが消えて青年は、その両手で耳を塞いだ。
 ただそれだけで、もとより静かだった世界から完全に音が消えた。
 ──遥。
 聴覚に障害を抱える者は皆、毎日を音の無い世界で生きる。
 それだけのこと、何の重さを感じさせないようにも思え、そしてそれ故にとても重いことなのだと、この世に生を受けて21年目、ようやく青年は知った。一般健常者である青年にとって、そこに満ちているのは不安と苦痛だけだ。自ら耳を塞いでいるのに、今すぐにでも離して、何でもいいから音が聞きたい、
 弱虫だった。何時だって泣いていた。転んで膝を擦りむき、幼き頃は青年はその友人と──幼馴染みの3人で喧嘩をしては泣いていた。何時だって男二人は泣き続ける彼女を慰めて謝る、強者の立場にあった。
 だが。
 今となってはっきりとわかる。彼女は恐らく最も強かったのだ。
 一人他人には理解されない不安と戦い続けてきたのだ。
 何度車に轢かれそうになったことがあっただろうか。それを幾度となく見て、なぜ幼かった青年は、少年だった頃の彼はもっと彼女に気を配り、その不安を緩和してやれなかったのだろう。
 答えを青年は、知っている。
 弱かったからだ。自分を守り自分を強く見せることに必死だったからだ。
 ──あの時、もし俺が。
「遥」
 名を呼べども返事など無い。もとより、青年もこの場にいないその人からの返事など、期待していないし、こなくて当たり前なのだと理解している。
 だがたった今理解したこともある。

 人を失った悲しみは、
 決して癒えることの無い、
 深い傷をどこかに刻む。

 一条、青年の眼から涙が流れた。
  ◆
 
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