Cross Point Side-O
□2章
1ページ/20ページ
窓が、開いた。
その窓は確かに、昨日家を出る際和人によって施錠され、帰宅後も誰一人開けていない。
だが音もなく、その窓は開いた。
入ってくるのは風、そして鈍色の仮面をつけた男。足音もたてず静かに廊下へ降り立つと、窓から離れた壁際へ渡り、そのまま真っ直ぐ歩き出す。神経質に猫のごとく、壁から離れることなく慎重に進んでいくのは、窓側があの窓の付近以外、セキュリティ・システムの作動範囲であることを知っているから。男にとって幸いなことに、足音はすべて絨毯が消してくれる。フローリング・エリアが二階には一ヶ所もないことすら、男は知っていた。
仮面を着けていることを除けば、男の服装はいたって普通だ。青いジーンズに薄桃色のカッター・シャツを着て、緑のスニーカー。体型も一般的、身長がやや高めであることしか特記すべき事項がない。
問題の仮面は、金属質に輝くグレーので、細く目の部分に切れ込みがある、デザイン性のないシンプルなものだ。
男は、ドアを開けた。
暗闇の中で目に入るのは、天蓋のついた大きなベッド。眠っているのは、かわいらしいクマ柄のパジャマを着た少女。
巨大企業グループ、ホールディングズ霧島創始者の娘にして美少女──霧島美憂を、裏ビデオを作るような組織に売れば、幾らになるのだろう。誘拐して身代金を要求するにしても、億、あるいはその十倍程度の額は軽い。
しかし男の目的はそこになかった。欲すのは、紙幣などという陳腐なものでは買うことのできないもの。
「スィグナム・エグスィモ」
言の葉は、紡がれると同時に文字となって男を囲む。それはやがて彼の正面、床へ垂直に浮かび上がった。
「偉大なる天より堕ちし尊大なる闇の天使こと、堕天使ルシファーの名のもとに、悪魔契約亜種の契約履行条件、その第108回目の執行を開始する」
──Signum,eximo.Diabolus,voluntas,suscitatio.Postulatus,magia,exemplum.
──
三角形を二つ組み合わせ、その各頂点より等分線の画かれた独特な星を囲むよう文字が円を作り、霧島美憂の胸上へ浮かぶ。その魔法陣より、鉄の鍵が放出され、同時に陣の星が鍵穴へと姿を変えた。
「ヴィア・エグスィモ」
浮遊していた鍵を掴むと、男は陣へと差し込み、回す。
瞬間、どこへ扉が現れるでもなく、どこの扉が開くでもなく、
──男が消えた。
◆