Cross Point Side-O

□間章
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「和人」
 戸が開くような音がして、それからテラスの彼に、何者かが背後から声をかけた。青年が振り返ればそこには、シャワーでも浴びていたのだろうか、髪の湿った少女が立っている。彼女はどうやら、自室ではなく青年の部屋からテラスへ出てきたようだった。
「美憂?」
 彼はその名を呼んでから、自身が先程まで涙を流していたことに思い当たり、頬を拭って笑みを浮かべようとする。それを少女は、優しく両の手で包み込み、止めた。
「もう、無理して笑う必要はないんだよ」
 透き通るようで月明かりを反射するその大きな瞳に、青年は若干の間魅入られる。少女は自然に微笑んで、
「事故で和人の両親が死んで、和人は一人渋滞から生き返った。そのあとうちに引き取られて、私の執事になって。ずっと耐えてた。そうでしょ?」
 もしかしたら、一度も泣いてなかったんじゃない? 彼女の呟きに、青年は驚きで目を見開いた。
「どうして……?」
「だってバカだもん、和人」
 小声で笑って、彼女は柵に近寄った。それから青年がそうしていたように、耳を塞ぐ。
 青年の耳にはあらゆる音が届き、しかし少女の耳には何一つとして届きはしない。彼は彼女がそうした行動をとったことを素直に喜び、その頬をわずかに緩ませた。
 一陣の風が吹き抜けた後、少女は耳から手を話して柵に乗せる。
「静かだった。しかも今、夜だからさ、自分だけが取り残されたみたいな、寂しかった。──遥さんて、耳、聞こえなかったんだよね……。毎日あんなだったんだ。……幸せ、だったのかな。──幸せに生きていれたのかな?」
 青年はその呟きが、自分へ向けた問いであると思った。永く話題の主と関わっていた、幼馴染みとしての彼へ。
「分からない。……けど」
「けど?」
「不幸では、なかったんだと思う」
 どうして? 疑問を口にする彼女の横に、青年は並んだ。
「俺たちの目から見れば不幸に見えるかもしれないけど、遥は……多分、自分を不幸だとは思ってかなったと思うから」
「……そっか」
 答えて瞬いて、少女は星空を見上げた。夕方から一時間ほど前まで降り続いていた雨が嘘だったとでもいうかのように、雲はもう随分遠くまで流れている。
「和人」
「何?」
 つられて空へ視線を走らせていた青年は、呼ばれて自然と少女に目を移した。だが少女は彼方の星々へ顔を向けたまま、青年へと言葉を投げ掛ける。
「遥さんのこと、全部教えて」
「遥のこと?」
 うん。頷いた少女に応じ、青年は訥々と、話し始めた。
 
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